定着率の平均とは?中小企業が知るべき計算方法と離職率との違い、高い企業の施策

「定着率」は、組織の健全性を測る“健康診断の数値”のような指標です。単なる数字として見るのではなく、そこにある従業員の満足度や働きやすさを読み解くことが、強い組織づくりの第一歩となります。

本記事では、中小企業が把握しておくべき定着率の計算方法や、業界別の平均データ、離職率との違いをわかりやすく解説します。また、定着率の高い企業が実践している具体的な施策も紹介します。

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「定着率」とは?

定着率とは、ある一定期間において、どれだけの従業員が退職せずに会社に留まったかを示す指標です。企業経営において、人材の安定性を測る基本的なバロメーターとなります。

定着率の基本的な意味

定着率は、入社した従業員が、その後どれくらい会社に残っているかをパーセンテージで表したものです。

例:
入社3年後定着率=3年前に入社した従業員のうち、現在も在籍している人数の割合

この数値が高いと、従業員満足度が高く、職場環境や待遇、人間関係などが良好です。逆に定着率が低い場合、組織内に何らかの課題が潜んでいると考えられます。

定着率と離職率の違いとは?

定着率と離職率は、同じコインの裏表のような関係にありますが、着眼点が異なります。

項目定着率離職率
視点どれだけ残ったかを見るどれだけ辞めたかを見る
目的・組織の健全性
・エンゲージメントの確認
・人材流出の深刻度
・採用課題の発見
印象高いほうがポジティブ低いほうがポジティブ

基本的に同じ期間・同じ母数(例えば「期首在籍者数」)で計算した場合、両者を足すと100%(または1)になります。

なぜ今、中小企業で「定着率」が重要視されるのか

一人の従業員が辞めることによるダメージは、大企業よりも中小企業のほうが甚大です。

定着率が低いことによる主なダメージ

  • 採用コストが無駄になる
  • 従業員を育ててきた時間と教育コストが失われる
  • 残された従業員への業務負担が増加し、連鎖的な退職を招くリスクがある
  • 企業のブランド力に直結する

求職者は「定着率が高い=安心して長く働ける会社」と判断するため、定着率を上げることは、優秀な人材を採用するための最強の武器となります。

定着率の計算方法で自社の現状を把握

自社の定着率について、正確な数字を把握することから改善は始まります。計算期間の設定によって数値の意味合いが変わるため、目的に応じた計算式を用いることが重要です。

基本的な定着率の計算式と算出の際の注意点

定着率を計算する一般的な式は以下のとおりです。

定着率(%) =(一定期間の末日の在籍者数 ÷ 一定期間の初日の在籍者数)× 100

算出の際の注意点

  • 期間の設定: 期間を明確にする必要があり、一般的には年度単位(4月1日〜翌年3月31日)で計算
  • 新規採用者の扱い: より厳密に特定の時期に入社した人の定着率(コホート分析)を出したい場合は、期間の途中に入社した人数は分母・分子に含めずに計算
  • 正規・非正規の区分: 全従業員で計算するのか、正社員のみで計算するのかによって数値が大きく変わるため、雇用形態別に算出する

【実践】中小企業での計算例

具体的な数字を当てはめて、定着率を計算してみます。

  • ケース1:全社員の年間定着率
    • 4月1日時点の在籍社員数:50名
    • 翌年3月31日までの退職者数:5名
    • 翌年3月31日時点の在籍社員数(※期間中の新規入社は除外):45名
    • 計算式:(45 ÷ 50) × 100 = 90%

この場合の定着率は90%となります。

  • ケース2:新卒社員の3年後定着率
    • 3年前の4月に入社した新卒社員数:10名
    • 現在在籍している同新卒社員数:6名
    • 計算式:(6 ÷ 10) × 100 = 60%

この場合、新卒の3年定着率は60%となります。

実務上は、次のようなパターンで定着率を出しておくと、自社の課題がはっきりするでしょう。

・全社員の年間定着率

・新卒・第二新卒の「入社3年後定着率」

・若手(入社5年未満)だけに絞った定着率

部門別(営業/事務/現場 など)や拠点別にも定着率を出しておくと、「特定の上司・職場に偏って離職が発生していないか」を確認しやすくなります。

自社の定着率は高い?低い?平均と目安

計算した自社の定着率が良いのか悪いのかを判断するためには、世の中の平均値と比較する必要があります。業種や企業規模によって平均値が異なる点に注意が必要です。

【産業別】国内企業の定着率の平均データ

令和6年雇用動向調査結果の概況

出典)厚生労働省「-令和6年雇用動向調査結果の概況-」p.12

入職率と離職率から推測される一般的な産業別の定着率目安(単年)は以下になります。

産業分類定着率目安(単年)傾向
インフラ(電気・水道など)約90〜95%安定しており定着率は非常に高い
製造業約88〜92%比較的安定している
医療・福祉約84〜86%人材の流動性がやや高い
宿泊・飲食サービス約70〜75%離職率が高く、定着率は低い傾向

※離職率データより逆算した概算値です。

宿泊・飲食サービス業は入れ替わりが激しく、インフラや製造業は定着しやすい傾向があります。自社が属する業界平均と比較して評価することが大切です。

新卒の「入社3年後定着率」の目安

新規学卒就職者の離職状況

出典)厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和3年3月卒業者)を公表します」

厚生労働省が公表している「新規学卒就職者の離職状況」によると、就職から3年後の定着率は以下のとおりです。

  • 大学卒:定着率 約65%
  • 高校卒:定着率 約62%
  • 中学卒:定着率 約50%

中小企業の場合は、大企業に比べて福利厚生や教育体制の差から、この平均値よりも定着率がやや低くなる傾向にあります。

参考記事:離職率を改善する具体策|平均データ・計算方法から高い会社の特徴まで徹底解説

なぜ従業員が辞めるのか?定着率が低い中小企業の特徴

従業員が退職を決意するには必ず理由があります。定着率が低い企業には共通して見られる4つのネガティブ要因が存在します。

採用時のミスマッチ

入社前に抱いていたイメージと、入社後の現実に大きなギャップがあるというショックが早期離職を招きます。

とくに中小企業では、良い面ばかりを強調して採用してしまい、現場の厳しさを伝えきれていない場合によく起こります。

人間関係とコミュニケーション不足

退職理由の本音ランキングで常に上位に入るのが人間関係です。とくに、上司との関係性や、職場内での孤立が原因となります。

相談できる相手がいない、フィードバックがない、挨拶がないといったコミュニケーション不足が続くと、従業員は心理的安全性を失い、組織への愛着を持てなくなるのです。

評価・賃金制度への不満

不公平感は、従業員のモチベーションを著しく低下させます。自身のキャリアパスが描けない環境では、将来への不安から、より良い条件や明確な評価制度を持つ企業への転職を検討し始めてしまうのです。

長時間労働と業務負荷の偏り

恒常的な残業や休日出勤、特定の人への業務集中は、心身の健康を損なう直接的な原因となります。不安を感じる状態が続くと、従業員は「ここでは働き続けられない」と判断しやすくなります。

ワークライフバランスが保てない環境は、とくに若手や子育て世代の定着を阻害する大きな要因となります。

【チェックリスト付き】労務・定着・エンゲージメントの 3本柱でつくる 人が辞めない組織

【トピック】障害者雇用の定着率の現状と課題

障害者雇用の定着率の現状と課題

出典)障害者職業総合センターNIVR「障害者の就業状況等に関する調査研究」p.22

法定雇用率の引き上げにともない、中小企業でも障害者雇用は進んでいますが、その定着率は一般雇用に比べて課題が多く、特性に応じた配慮が定着のカギを握ります。

障害者雇用の定着率の平均と離職理由

障害者雇用の定着率の平均と離職理由

出典)障害者職業総合センターNIVR「障害者の就業状況等に関する調査研究」p.34

障害者職業総合センターの調査によると、とくに精神障害のある方の定着率が低く、1年で約半数が離職しています。

離職理由としては、「業務遂行上の課題あり」に加え、「労働条件があわない」や「障害・病気のため」が多く挙げられ、本人の体調変化に対する業務量の調整が課題であることが考えられます。

定着率向上のために中小企業ができるサポート体制とは

障害者雇用の定着率を上げるためには、以下のようなきめ細やかなサポートが必要です。

  • 支援機関との連携: 就労移行支援事業所やジョブコーチなどの専門家と連携し、定期的な面談をおこなう
  • 業務の切り出しとマニュアル化: 曖昧な指示を避け、手順を明確にしたマニュアルを用意する
  • 短時間勤務からのスタート: いきなりフルタイムではなく、体調に合わせて徐々に時間を延ばす
  • 相談窓口の設置: 悩みや体調不良をすぐに相談できる担当者を決めておく

定着率の高い会社の事例

実際に中小企業で高い定着率を実現している企業は、どのような取り組みをおこなっているのでしょうか。ここでは、特徴的な施策をおこなっている3社の事例を紹介します。

事例1:多能工化で自分らしい働き方を実現

新潟県越後湯沢で旅館「越後湯澤HATAGO井仙」などを運営する株式会社いせんは、「お客様・従業員・地域」の三方が満足し発展する「旅籠三輪書」を企業理念に掲げています。

【課題】

慢性的な人手不足の状況下において、従業員に無理をさせることなく、いかにお客様の満足度を高めるか

【取り組み】

  • 旅館業の枠を超え、多能工化を積極的に推進
  • 飲食、物販、旅行、製造など多岐にわたる事業展開を活かし、従業員が事業の枠にとらわれず、自身の適性に合った働き方や勤務体系を柔軟に選べるようにした
  • 業務の棚卸しによる負担軽減
  • 「メンター制度」「組織力向上研修」など教育プログラムの充実

【成果】

  • 多能工化により生産性が向上し、従業員の働き方の選択肢が広がる
  • 旅館を「地域のショールーム」と位置づけ、地域の素材や商品を積極的に提供することで、社内だけでなく地域全体に若者が活躍できる場を創出

参考)財務局「株式会社いせん」

事例2:過剰サービスの廃止で長時間労働を解消

栃木県小山市に本社を置く、自動車販売・整備などを展開する東京オート株式会社は、「顧客第一主義の徹底、人を活かして人を育てる、地域社会とのふれあいを重視」という経営理念を掲げています。

【課題】

  • 従業員の早期離職が多く、定着率の低さが深刻な課題
  • 原因解明のために実施した「従業員満足度調査」により、長時間労働や有給休暇取得率の低さがボトルネックになっていることが判明

【取り組み】

  • 調査結果に基づき、長時間労働の温床となっていた「過剰な顧客サービス」や「廉売(安売り)」を廃止し、生産性と作業効率の向上を図る
  • 女性活躍とワークライフバランス推進のため「両立支援制度ガイドライン」を策定し、働きやすい環境整備に注力

【成果】

  • サービスの平準化により残業時間が減少
  • 従業員満足度は年々向上しており、主体的に考える従業員が増加
  • 労使ともに成長しながら、働きやすく定着する職場へと変革を遂げる

参考)厚生労働省「栃⽊労働局⻑が働き⽅改⾰に積極的に取組む先進企業 “ベストプラクティス企業” を訪問しました︕」

事例3:「攻めのDX」が若手のやりがいと採用力を劇的改善

陰山建設株式会社は、福島県郡山市に拠点を置く、1961年設立の総合建設会社です。

【課題】

  • リーマンショック後の経営悪化に加え、従業員の採用難と定着率の低迷に直面
  • 守りではなく「攻めの経営」への転換を決断し、顧客満足度の向上と、協力会社を含めた働きやすい環境づくりが急務

【取り組み】

  • 工事の進捗管理や労務管理ができるアプリを自社で開発し、社外の職人も含めて運用
  • 現場写真を即時に顧客へ共有する仕組みを整える
  • ドローンによる空撮など、従来の建設業の枠を超え、デジタルを積極的に活用
  • 現場復帰が難しい女性従業員をアプリ活用推進担当に配置するなど、新たな活躍の場も創出

【成果】

  • 顧客からの感謝がダイレクトに伝わるようになり、撮影を担当する若手従業員に大きなやりがいが生まれた
  • 従業員満足度が向上し、定着率もアップ
  • 採用面でもドローン実演などが学生の関心を集め、取り組み前は年1名だった採用が、直近5年で17名へと飛躍的に改善

参考)厚生労働省「地域で活躍する中小企業の採用と定着 成功事例集」p.12

これらの企業に共通しているのは、以下の3点です。

  • 「長時間労働」や「人手不足」など、目の前の課題から目をそらさないこと
  • 従業員の声やデータ(満足度調査など)をもとに打ち手を決めていること
  • 一度の施策で終わらせず、制度や仕組みとして定着させていること

中小企業でも、いきなり大掛かりな制度を作るのではなく、「自社の課題を言語化し、小さく試し、続ける」ことで定着率を高めていることがわかります。

参考記事:社員のエンゲージメントを高めるには?言葉の意味・測定方法・向上施策など

定着率を上げるための実践施策

定着率を上げるためには、採用、環境、成長の3つの観点から総合的にアプローチすることが効果的です。明日から始められる具体的な施策を紹介します。

採用段階での「RJP(リアリティ・ジョブ・プレビュー)」

採用ミスマッチを防ぐため、良い面だけでなく、仕事の厳しさや大変な面も正直に伝える手法です。

「繁忙期は残業が発生する」「地道な作業が多い」といった事実を事前に共有することで、入社後のギャップを減らし、覚悟を持って入社する人材を採用できます。これにより早期離職を大幅に防げるのです。

オンボーディング(受け入れ体制)の強化

入社直後の3か月間は不安が大きく、離職リスクが高い時期です。放置せず、直属の上司以外の先輩を相談役にするメンター制度や、入社初日のウェルカムランチ、こまめな面談などを実施します。

歓迎されているという実感を持たせることが、組織への帰属意識を高めるのです。

心理的安全性を高める「1on1ミーティング」

上司と部下が定期的におこなう1対1の対話を、業務の進捗管理ではなく、部下の悩みやキャリアの希望を聞く時間として使います。

上司が部下の話を傾聴し、承認することで、部下は「自分のことを見てくれている」と感じ、信頼関係が深まります。

公平で納得感のある評価制度の構築

何をすれば給料が上がるのかを明確にし、 数値目標だけでなく、チームへの貢献、後輩指導などのプロセスや行動も評価項目に入れます。

評価結果については必ずフィードバック面談をおこない、良い点と改善点を伝えることで、従業員の納得感と成長意欲を引き出せます。

柔軟な働き方と福利厚生の整備

育児や介護、個人の事情に合わせた働き方を認めることも定着率向上に直結するため、ライフステージが変わっても働き続けられる選択肢を用意します。また、有給休暇を取りやすい雰囲気づくりも重要です。

まとめ

定着率は、単なる数字ではなく、従業員が「この会社で働き続けたい」と思っているかどうかの通知表です。 中小企業にとって、定着率の向上は採用コストの削減だけでなく、ノウハウの蓄積、組織力の強化、ひいては業績向上に直結する最重要課題です。

自社の定着率を正しく計算し、業界平均と比較して現状を把握した上で、離職の原因となっているボトルネックを見つけます。採用の見直しやコミュニケーションの活性化など、できることから対策を打つことが大切です。

従業員が長く働ける組織づくりは、一朝一夕にはいきませんが、必ず企業の未来を支える大きな力となるはずです。

【チェックリスト付き】労務・定着・エンゲージメントの 3本柱でつくる 人が辞めない組織

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