カスタマーハラスメント(カスハラ)から従業員と会社を守る! 対応マニュアル・事例も紹介

近年、お客様からの理不尽な要求や嫌がらせ行為が社会問題として注目を集めています。

このような「カスタマーハラスメント」は、従業員の心身の健康を損なう問題です。企業の健全な経営にも大きな影響を及ぼします。

本記事では、カスタマーハラスメントの具体的な事例や対策、実践的なマニュアルの作り方まで、企業の経営者や管理職の方々に向けて分かりやすく解説します。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?厚生労働省の定義

近年、企業が直面する深刻な課題として「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が注目されています。具体的には、顧客・取引先による暴言や暴力、執拗なクレーム、過度なサービスの要求などです。

厚生労働省によると、カスタマーハラスメントとは以下のとおり定義されています。

顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

特に中小企業にとって、カスタマーハラスメント対策は喫緊の課題となっています。

大企業と比べて人的リソースや対応マニュアルが限られる中、従業員一人一人への負担が大きくなりがちだからです。また、カスタマーハラスメントによって従業員が離職してしまうと、代替人材の確保も容易ではありません。

そのため、企業としては適切な「守り」の体制を整備することが重要です。

参考記事:【社員を守る】カスタマーハラスメント事例集!働きやすい会社を実現しよう

東京都カスタマー・ハラスメント防止条例とは

東京都では、2024年10月11日に「東京都カスタマーハラスメント防止条例」が制定され、2025年4月1日に施行されました。

条例では、企業だけでなく顧客や都自身にもそれぞれの責務が課されている状況です。罰則などの強制力はないものの、事業者には防止のための体制整備や従業員への配慮を努力義務として求めています。

条例に基づいた防止に関する指針(ガイドライン)の主な内容は以下の通りです。

項目内容
制定日2024年10月11日
施行日2025年4月1日
目的顧客等からの著しい迷惑行為(暴言・過度な要求など)による従業員の環境破壊を防ぎ、公正で持続可能な社会を実現すること
定義「著しい迷惑行為」とは、暴行・脅迫・不当な要求・暴言などを含み、就業環境を害する行為とされている
禁止規定どのような場面でもカスタマーハラスメントを行ってはならないと定めている
基本理念顧客と就業者が対等に尊重し合う社会を全体で防止すべきという考え方
責務都、事業者、顧客、就業者にそれぞれ責務があり、とくに事業者には指針に基づく体制整備や就業者への配慮が求められる
罰則勧告・命令・公表などの強制措置や罰則は設けられていない
指針条例に基づき、都が防止に関する指針を策定・公表。企業が具体的な対策を講じる際の指針となる

なお、この東京都の条例を皮切りに、全国の自治体でも同様の動きが広がっています。例えば北海道、群馬県、愛知県などの都道府県のほか、三重県桑名市、群馬県嬬恋村といった基礎自治体でも、独自にカスタマーハラスメントの防止に向けた条例を制定している状況です。

参考)独立行政法人 労働政策研究・研修機構「「何人も、あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない」と明文化 ――東京都カスタマー・ハラスメント防止条例が成立」

カスタマーハラスメントと正当なクレームは何が違う?

カスタマーハラスメントと正当なクレームは、一見似ているように見えますが、その本質は大きく異なります。厚生労働省の資料にも明記されている点です。

カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先などからのクレーム全てを指すものではありません。顧客等からのクレームには、商品やサービス等への改善を求める正当なクレームがある一方で、過剰な要求を行ったり、商品やサービスに不当な言いがかりをつける悪質なクレームもあります。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

すべてのクレームをカスタマーハラスメントと決めつけることは危険です。

また、厚生労働省の定義では「顧客からの要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」とされていることに注目です。この部分に対して、厚生労働省は以下の補足をしています。

・「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして・・・社会通念上不相当なもの」とは、顧客等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段・態様が「社会通念上不相当」であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨です。
・顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられます。他方、顧客等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされることがあると考えられます。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

つまり、正当なクレームとカスタマーハラスメントの違いは以下の点にあります。

項目詳細
要求の合理性要求内容が社会通念上、妥当な範囲内かどうか
コミュニケーションの態度感情的な攻撃や脅迫的な言動がないか
解決への意思建設的な対話を通じて問題解決を目指しているか

これらの基準に照らして、企業は適切な対応方針を決定する必要があります。

正当なクレームに対しては、真摯に耳を傾け、改善に活かすことが重要です。
一方、カスタマーハラスメントと判断される場合は、毅然とした態度で対応し、必要に応じて専門家に相談することも検討しましょう。

顧客・取引先からのカスタマーハラスメントによって中小企業はどうなる?

カスタマーハラスメントは、中小企業に深刻な影響を及ぼす可能性があります。具体的な影響は以下です。

影響詳細
従業員のメンタルヘルスへの影響強い精神的ストレスにより、不眠やうつ症状が発生し、休職や退職に至る可能性がある。
労働環境の悪化と離職の増加職場の士気低下や雰囲気悪化が起き、優秀な人材が離職することで、業務効率が悪化し、サービス品質が低下する。
経営コストの増加カスタマーハラスメント対応により業務効率が低下し、メンタルヘルス対策や代替人員確保に予期せぬコストが発生する。

カスタマーハラスメントが起きると、人材が離れていきます。そのため採用が必要です。

しかしカスタマーハラスメントが続くと、新入社員もすぐに離職してしまいます。このような状況が続けば、企業としての成長が停滞することは避けられません。

さらに企業のイメージが低下することで採用自体にも苦労することになります。そのため、企業として「守り」を固めることが不可欠です。

参考記事:ハラスメントとは?種類、職場での対策、法律、事例を徹底解説

厚生労働省のガイドライン!「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」を各章紹介

厚生労働省が公開した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」は、企業が顧客・取引先からの不当な言動から従業員を守るための具体的な対応指針を示したものとなります。以下に、その構成とポイントをまとめました。

参考)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」

カスタマーハラスメントの発生状況

厚生労働省の調査によれば、カスタマーハラスメントに関する被害は年々増加している状況です。特に対面・電話対応・メール・SNSなど、多様なチャネルを通じて従業員が不当な言動にさらされるケースが確認されています。

マニュアルで紹介されている典型的なカスタマーハラスメントの類型は以下です。

類型具体例
暴言型「バカ」「死ね」「金返せ」といった人格否定や威圧的言動
脅迫型「会社を潰す」「SNSで炎上させる」「株主総会で吊るし上げる」といった脅し
長時間拘束型クレームを理由に電話・店舗で数時間にわたり居座る
セクハラ型「かわいいね」「LINE交換しよう」など性的な発言や接触の強要
無理難題型本来の契約範囲を逸脱した要求(例:夜間対応、無料修理の強要など)
SNS・誹謗中傷型インターネット上に従業員個人や企業の名誉を毀損する情報を投稿

こうした行為は、単なるクレームとは異なり、従業員の心身に深刻なダメージを与える「労働環境悪化」の要因であると位置づけられています。

カスタマーハラスメント対策の必要性

カスタマーハラスメントに対する企業の不作為は、法的リスクにもつながる問題です。例えば、マニュアルでは教員に対する保護者からの理不尽な言動に対して、校長に対して損害賠償が認められた裁判例なども紹介されています。

企業が対策を怠った場合に抱えるリスクは以下です。

  • 被害を受けた従業員のメンタル不調・退職
  • 労災認定・損害賠償請求への発展
  • 社内の士気・定着率の低下
  • 企業ブランドの毀損

また、こうした被害を放置すると「ハラスメントに寛容な企業」という評価が定着しやすく、結果的に従業員の採用や定着にも悪影響を及ぼします。

【マニュアル策定から教育まで】企業が取るべきカスハラ対策

マニュアルでは、企業が取るべき対策も紹介しているので参考にしましょう。これらは中小企業でも段階的に導入可能な内容であり、初めから完璧を目指すのではなく「できる範囲から整えていく」ことがポイントです。

対策ステップ内容
トップメッセージ経営層から「カスハラは許さない」と明確なメッセージを発信
方針策定・ルール化社内外に共有するカスハラ防止方針・対応方針を文書化
教育・研修の実施現場担当者・管理職向けに、対応の基本やNG対応を共有
相談窓口・報告体制の整備社内で安心して相談できる体制を構築し、迅速なエスカレーションルートを明確化
記録・事後対応対応履歴を記録し、必要に応じて弁護士や警察と連携できるよう準備

これらは単発で終わらせるのではなく、PDCAを回しながら継続的に改善していくことが重要といえます。特に中小企業では、社会保険労務士や顧問弁護士といった外部専門家との連携を活用するのが現実的なアプローチです。

企業の取組のきっかけ、メリット、運用について

多くの企業はカスハラ対策に取り組むきっかけとして「従業員の離職」「心身不調者の発生」「企業イメージの毀損」といった具体的なトラブルを挙げています。

これらを契機に、企業が方針を明文化し、研修や相談体制を整備したことで、以下のようなメリットが得られたと報告されていることは注目すべきポイントです。

  • 従業員の安心感が高まり、離職率が改善された
  • クレーム対応が属人化せず、全社で統一対応ができるようになった
  • 社外との関係性が改善し、長期的な信頼につながった

運用にあたっては、「策定して終わり」にしないことが大切になります。特にオンライン対応やSNSの活用が進む現代では、対応すべき場面やルールが年々変化しているため、定期的な見直しとアップデートが不可欠です。

どうカスタマーハラスメントを防止すればいい?

カスタマーハラスメントの防止は、中小企業の社長やバックオフィス担当者にとって重要な課題です。限られたリソースの中で適切な対策を講じることは、企業の守りを整備し、持続可能な成長を実現するために欠かせません。

具体的な防止策をまとめました。

事前に社内ルールと対応マニュアルを整備する

「どこからがカスタマーハラスメントに該当するのか」「誰がどのように対応するのか」を明確にした社内マニュアルを作成しましょう。

たとえば、以下のような内容を含めると実践的です。

  • カスハラに該当する行為の例示(暴言・無理な要求・セクハラ等)
  • 初期対応のフロー(顧客への対応手順、報告・記録方法)
  • 対応が困難な場合のエスカレーションルート(上司・法務・弁護士など)
  • 再発防止のためのフィードバック体制

小規模事業者であっても、1枚の「簡易版マニュアル」から始めることで従業員の安心感が大きく変わります。

従業員への教育・研修を定期的に施する

現場の最前線に立つ従業員がカスハラ被害を受けたとき、「どこまで対応してよいのか」「どのタイミングで報告すべきか」に迷うケースが少なくありません。

そのため、最低限のカスハラ対応研修は年に1回でも実施し、以下のような内容を周知しておくことが有効といえます。

  • 正当なクレームとの違い
  • 顧客からの攻撃的な言動への対処法(落ち着いた対応、言質を取られない等)
  • 不当な要求があった際の断り方
  • 心身に不調が出た場合の相談先

「対応に迷ったら1人で抱え込まず、すぐ報告してよい」という社内文化の醸成も非常に重要です。

参考記事:コンプライアンス研修とは?目的、効果、研修ネタの事例を徹底解説

相談窓口と報告体制を社内外に周知する

いくらマニュアルや研修が整っていても、「相談しづらい」「報告しても対応してもらえない」という空気があると、実効性は失われてしまいます。

相談窓口の設置は、以下のように社内の規模や体制に応じて柔軟に対応可能です。

  • 社内の上司や人事担当を窓口として明示
  • 匿名報告ができるGoogleフォームなどの仕組みを導入
  • 社外の顧問社労士・弁護士への外部相談も明記

相談があった場合に「誰がどこまで対応するのか」をあらかじめ決めておくべきといえます。また、相談しやすさを高めるため、ポスター掲示や定例MTGなどで定期的に再周知しましょう。

顧客対応ルールを契約書や掲示物で明確化する

店舗型・BtoB取引型いずれの業態であっても、顧客・取引先に対して「当社では従業員の安全と尊厳を守る取り組みを行っています」と伝えることが、トラブルの未然防止につながります。

具体的には以下のような方法で整備しましょう。

  • 契約書や約款への「ハラスメント行為禁止条項」の明記
  • 店舗・受付カウンターへの「暴言・暴力お断り」の掲示
  • ウェブサイトやメール署名欄へのポリシー掲載

企業として毅然とした姿勢を示すことで、悪質な要求を抑制する効果も期待できます。

トラブルの記録と情報共有を徹底する

いざカスハラが発生した際、記録が残っていないと、企業側が対応に困ったり、法的措置をとる際に証拠不十分となる可能性があるのは事実です。

そのため、日報や専用フォームなどを活用し、以下の情報を記録する仕組みを整えましょう。

  • 発生日時・場所・担当者名
  • 相手の氏名や企業名(可能な限り)
  • 言動の具体的な内容(暴言、要求内容など)
  • 心身への影響の有無
  • 第三者の目撃・同席の有無

これらの記録は、定期的に人事・法務・経営層が共有し、再発防止や改善策の検討に活かしていくことが重要です。

中小企業ならではのカスタマーハラスメント対策の課題と対策は?

中小企業にとって、カスタマーハラスメントの防止は重要な課題です。しかし、限られたリソースの中で、大企業と同様の対策を講じることは容易ではありません。

以下が、中小企業特有の課題に当たります。

課題対策
対応コストが重い・中小企業では人材や予算が限られているため、カスタマーハラスメント対応にかかるコストが企業全体に重くのしかかる。
・専門部署の設置や高度な研修が難しい状況にある。
法的知識やリソースの不足・カスタマーハラスメントに関する法律や規制が整備される中、それらを把握し適切に対応することが難しい。
・社内に専門知識を持つ人材がいないため、トラブル対応が困難になる。
顧客との対等な関係を築く難しさ・売上依存度が高い顧客に対し、毅然とした態度を取りにくい。
・問題のある顧客との関係が継続することで、従業員や企業全体に悪影響を及ぼす。

最も大きな課題の一つは、対応コストの問題です。大企業と比較して、中小企業では人材や資金などのリソースが限られています。

専門の対応部署を設置したり、高度な研修プログラムを実施したりすることが難しい状況にあります。このため、既存の人員や予算の中で、いかに効果的な対策を講じるかが重要です。

そのため、以下の対策を講じるようにしましょう。

課題対策
カスタマーハラスメントを軽視しない・基本的な対応マニュアルを整備し、従業員の安全を守る文化を醸成する。
・小規模でも基礎的な研修を実施し、従業員が対応に迷わないようにする。
外部の専門家と連携する・顧問弁護士や社会保険労務士などと連携し、法的リスクの低減を図る。
・業界団体や商工会議所の支援サービスを活用し、最新情報を得る。
信頼できない顧客とは取引しない・過剰な要求や無理な依頼を繰り返す顧客との取引を見直す。
・対等な関係を築ける顧客とだけ付き合うことで、健全な労働環境を維持する。

まず重要なのは「カスタマーハラスメントを軽視しない」という姿勢です。たとえ小規模な企業であっても、従業員を守るための基本的な対策は必要不可欠です。

具体的には、基本的な対応マニュアルの整備や、従業員への基礎的な研修の実施などから始めましょう。

中小企業が成長するためには、新規顧客の獲得や売上の向上を目指す「攻め」の姿勢が不可欠です。しかし、長期的に安定した経営を実現するためには、カスタマーハラスメントリスクを回避し、従業員を守る「継続的な守り」の視点も欠かせません。

企業のガバナンスを強化し、「攻め」と「守り」を両立させることで、持続可能な経営基盤を構築していきましょう。

カスタマーハラスメントが起きた場合は迅速かつ適切な対応を!

カスタマーハラスメントが発生した場合、企業として迅速かつ適切な対応を取ることが極めて重要です。以下、具体的な対応ステップを解説していきます。

  1. 社内連絡と情報共有
  2. 顧客の言動を記録化
  3. 現場で対応可能か判断
  4. 対応方針を策定し顧客に通達
  5. 従業員のケアとフォロー

まず最初に行うべきは社内連絡と情報共有になります。カスタマーハラスメントが発生した場合、担当者一人で抱え込まず、直ちに上司や関係部署に報告することが重要です。

これにより、組織として適切な対応を検討でき、担当者の精神的負担を軽減できます。

報告を受けた管理職は、経営層にも速やかに状況を共有し、組織全体で問題に対処する体制を整えましょう。

次に、顧客の言動を詳細に記録化することが必要です。日時、場所、具体的な言動、目撃者の有無など、できるだけ詳細な情報を記録してください。

この記録は、今後の対応方針の検討や、必要に応じて法的措置を取る際の重要な証拠となります。また、録音や録画が可能な場合は、相手に告知した上で記録を残すことも重要です。

その上で、現場で対応可能かどうかの判断を行います。
「通常の業務範囲内で対応できる問題なのか、それとも法的措置を含めた特別な対応が必要なのか」を判断してください。
問題の深刻度、従業員の安全性、企業としての対応能力などを総合的に考慮しましょう。

この判断結果に基づき、対応方針を策定し顧客に通達します。この際、企業として「不当な要求には応じられない」と毅然とした態度で伝えることが重要です。

最後に、従業員のケアとフォローを行います。カスタマーハラスメントを受けた従業員は、心理的なストレスを抱えている可能性が高いため、適切なサポートが必要です。

必要に応じて、産業医との面談や休暇の取得を促すなど、従業員の心身の健康を最優先に考えた対応を取ってください。

カスタマーハラスメントの加害者を訴えることは可能?

結論として、カスタマーハラスメントの加害者に対しては、民事・刑事の両面から法的措置を講じることが可能です。以下に両者の違いと活用のポイントを整理します。

区分民事訴訟(損害賠償請求など)刑事告訴(犯罪として処罰を求める)
主な目的損害の回復、被害抑止、仮処分など加害者に対する刑罰(罰金・懲役など)
該当しうる行為暴言、業務妨害、精神的苦痛など脅迫、暴行、名誉毀損、威力業務妨害など
必要な証拠言動の録音、業務被害の記録、精神的被害の診断書など犯罪行為を示す証拠(録音・録画・証言など)
主な手続き弁護士による内容証明送付、損害賠償請求、仮処分申し立てなど警察への被害届、検察への告訴
実務上の注意点被害の蓄積や継続性を丁寧に記録する必要がある重大性・悪質性が明確であることが重要
主体被害者(従業員・企業)国家(警察・検察)が捜査・訴追を担当

たとえば、執拗なクレームや長時間の拘束、侮辱的な発言が繰り返される場合は、民事で損害賠償を求めることが可能です。また、訪問禁止や連絡禁止を仮処分として裁判所に申し立てることもできます。

一方、明確な脅迫や暴行などがあれば、警察への届出を検討することが可能です。実際に、威力業務妨害や名誉毀損で加害者が逮捕・起訴される事例もあります。

企業としては、日頃から証拠を記録し、外部の専門家と連携できる体制を整備しておくことが不可欠です。訴訟や告訴はあくまで最終手段ですが、「対応の選択肢として持っておくこと」そのものが、抑止力にもつながります。

【必見】業界別、顧客・取引先からのカスタマーハラスメントの事例

代表的な業界別のカスタマーハラスメント事例を紹介し、その特徴と対策について解説していきます。

情報通信業の事例

情報通信業では以下の事例がありました。

顧客が(サポートデスクに)「可愛らしいね、ずっと話していたいよ」「癒やされるね」「下の名前も教えて」とセクハラにあたる言葉をかけた。
顧客が(サポートデスクに)「徹夜で明日までにバグを開発チームと直せ」「2000 万払え」といった過剰な要求を行った。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p2

このようなカスタマーハラスメントに対策するため「対応マニュアルの整備」が必要です。発言を受けた際の具体的な手順を設定し、従業員が迷わず対応できるようにします。

また、契約書にハラスメント禁止条項を明記するようにしましょう。問題発生時の根拠となるため重要です。

運輸業、郵便業の事例

運輸業、郵便業界の事例を紹介します。

運転見合わせ時に、お詫び放送を繰り返していたところ、旅客から「いつ発車するのか放送しろ」としつこく詰問を受けた。運転再開見込みがわからない旨を伝えたが、旅客は納得せずスマホで車掌の対応を無断で動画撮影した。
駅員がホームを巡回していたところ、点字ブロックの内側で撮影している旅客を発見した。危険であったため、下がるように注意喚起したが、そのまま続けたため再度注意喚起を行ったところ、「うるさい」「邪魔、どけ」と言いながら肘のあたりで突き飛ばされた。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p3

このような問題に対しても同様にマニュアルの整備は必要です。また、一人の従業員に対応が集中しないよう、チームで分担する仕組みを導入することも効果的といえます。

また事例のように暴力行為があった際には、弁護士や警察との相談体制を整え、法的措置を迅速に講じることも効果的です。

卸売業、小売業の事例

続いて、卸売業、小売業界の事例を紹介します。

顧客がプリペイドカードを購入後、返金を申し出たが、従業員が店舗で返金できない商品である旨を説明したところ、「店長を出せ」「店長権限で返金しろ」など同じ内容で長時間(2 時間 30 分)詰問した。
顧客が20 年前に購入した商品が動かなくなったと無償での修理を要求してきた。2日間、当該企業及び商品の輸入元へ執拗に架電し、長時間に渡り、「購入時にきちんとメンテナンスの説明を聞いていない」等と主張を続け、無償での修理を要求した。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p5

このような事例に対応するため、返品・返金に関するポリシーの明確化は効果的です。商品やサービスに対する返品・返金の条件を事前に明文化し、顧客に分かりやすく提示しましょう。

また、同様に「製品保証やサポート範囲の明確化」も重要な要素となります。顧客にも文書を共有し、リスクを回避しましょう。

宿泊業、飲食サービス業の事例

宿泊業、飲食サービス業界の事例を紹介します。

顧客が宿泊のたびに客室の清掃不備を指摘し、客室のグレードアップや顧客の前で清掃することを要求した。
自動精算機での事前精算を案内されたことに不満を持った顧客が、従業員に対して大声で「おれは東京の不動産会社の社長だぞ」「お前なんかクビにしてやる」と発言。また、間に入った他の顧客に対しても暴言を吐いた。対応に加わった上役の従業員に対しても「名刺を出せ」と言い、差し出すとその場で破いた上で、「正座しろ」と要求した。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p7

こうしたカスタマーハラスメントに対応するため、企業として「執拗な要求への対応ルール設定」が重要です。無理な要求が繰り返される場合、一定の基準を超えた際には対応を終了し、上層部や外部専門家にエスカレーションする仕組みを導入しましょう。

また、脅迫や暴力的な行動に対しては警察や弁護士に相談する体制を整え、従業員を保護する仕組みを導入することをお勧めします。

生活関連サービス業、娯楽業の事例

生活関連サービス業、娯楽業界の事例です。

顧客の安全を配慮し、サービス(靴の加工)を丁重に断ったところ、フロア全体に響き渡る程の大声で怒鳴り散らす、暴言を吐く、靴を投げる、椅子を叩くなど2時間にわたり威圧的行動を取った。また、それ以降も不定期にその顧客が売場を訪れ怒鳴り散らすことが続いており、従業員が怯えている。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p8

こうした暴力行為が起きた際には、必要に応じて警察に通報しましょう。またその後の暴力行為を制止するための法的措置を講じる必要があります。

医療、福祉の事例

続いて、医療、福祉の事例を紹介します。

利用者が看護師をたたく、つねる、唾をはく、看護師にものを投げる、看護に必要な物品を破損する等した。
看護師が利用者やその家族から、訪問時間外に居宅外で会うことを強要される、事務所で待ち伏せされる、ウェブカメラ・スマートホンで無許可に撮影される、自宅の場所をしつこく聞かれる等の行為を受けた。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p9

医療・福祉では顧客へのケアが必要です。そのため、暴力行為が起きる可能性が高いといえます。

そのためまずは「従業員の安全確保」が重要です。暴力的な行為に対しては、即座に記録し、必要に応じて他のスタッフや上司に報告する体制を整えましょう。

また、暴力行為が繰り返される場合は利用禁止などの措置を取ることが重要です。

カスタマーハラスメントに対するマニュアル策定の事例

続いて、実際にカスタマーハラスメントに対応した事例を紹介します。

中小企業の社長やバックオフィス担当者の皆様にとって、カスタマーハラスメント対策のイメージがつきやすくなると思いますので、ぜひ参考にしてみてください。

A病院では、患者やその家族からの迷惑行為やクレームに対し、以下の取り組みを実施しました。

項目詳細
トップの意識と方針の明確化理事会でカスハラ対策の必要性が議論され、院内での対応マニュアルを策定し、公式ウェブサイトで対応方針を公開しました。
相談窓口の設置と情報収集患者相談室を設立し、現場スタッフからのヒアリングや巡回を通じて、カスハラに関する情報を収集しました。
事実確認と対応の徹底患者や家族からの相談内容だけでなく、現場スタッフからも状況を確認し、双方の意見を踏まえて対応しました。
院外への情報発信対応方針をウェブサイトで公開し、他の医療機関とも情報交換を行いました。
研修・教育の実施クレーム対応や接遇に関する研修を実施し、スタッフの対応力を向上させました。

出典:あかるい職場応援団「トップの意識の高さからマニュアル策定やHPへの対応方針を公開

中小企業においても、この事例から学べることは多くあります。

たとえば、経営層が率先してカスタマーハラスメント対策に取り組み、明確な対応方針を策定することは、規模の大小を問わず実践可能です。
また、現場従業員との密なコミュニケーションや、カスタマーハラスメント対応に関する教育を行うことで、従業員の安心感を高められます。

さらに、対応方針を文書化し、顧客や取引先にも周知することで、トラブルの予防につながります。自社で実施可能な部分を見つけ出し、ぜひ取り入れてみてください。

まとめ

カスタマーハラスメントによるリスクは、従業員のメンタルヘルスを損なうだけではありません。「離職率の上昇」「生産性の低下」など、企業経営にも大きな影響を及ぼす問題です。

特に中小企業では、一人の従業員の離職が事業に与える影響が大きいといえます。そのため、カスタマーハラスメント対策は経営上の重要課題です。

従業員が安心して働ける環境を整備することは、企業の持続的な成長のための投資といえます。ぜひ本記事で紹介した事例を参考に、自社に適したカスタマーハラスメント対策の検討を始めてください。

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