過労死ラインとは?残業による過労死を防ぐ対策も解説
「働き方改革」が進む現代においても、中小企業では人手不足などから従業員の残業が課題となるケースは少なくありません。
しかし、その先に潜むのが「過労死」のリスクです。過労死は、尊い命が失われる悲劇であるだけでなく、企業の存続をも揺るがしかねない重大な経営リスクとなります。
この記事では、「過労死ライン」とは具体的に何を指すのか、過労死ラインの定義から、残業が招く過労死のリスク、そして中小企業が取るべき具体的な対策までを詳しく解説します。
目次
過労死ラインとは?
過労死ラインとは、脳血管疾患や心臓疾患による労災認定、または精神障害による労災認定において、業務と発症の関連性が強いと判断される目安となる残業時間のことです。
そもそも過労死とは?残業と過労死の関係
過労死とは、業務における過重な負荷が原因で、脳血管疾患や心臓疾患、精神障害などを発症し、その結果として死亡に至ることを指します。
| 「過労死等」とは、業務における過重な負荷による脳・心臓疾患や業務における強い心理的負荷による精神障害を原因とする死亡やこれらの疾患のことです。 |
出典)厚生労働省「しごとよりいのち。」
単に長時間労働や残業だけでなく、不規則な勤務、精神的なストレス、ハラスメントなども要因となり得ます。
過労死に該当する疾病
過労死に該当する可能性のある疾病は多岐にわたります。主な疾患などをまとめました。
| 過労死に該当する疾患 | 主な疾病など |
| 脳血管疾患 | ・脳内出血 ・脳梗塞 ・くも膜下出血 ・高血圧性脳症 |
| 虚血性心疾患等 | ・心筋梗塞 ・狭心症 ・心停止 (心臓性突然死を含む) ・重篤な心不全 ・大動脈解離 |
| 精神障害 | ・うつ病などの気分障害 ・適応障害などからの自殺 |
これらの疾病は、いずれも過重労働や強いストレスが誘因となることが医学的に認められており、残業が多いほど増えることが考えられます。
参考)厚生労働省「過労死等防止対策」
残業による過労死ライン
残業時間と過労死の関連性を示す目安として、「過労死ライン」が存在し、厚生労働省が労災認定の判断基準の一つとして示しているものです。

出典)厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定基準 改正に関する4つのポイント」p.1
過労死ラインは、過労死の原因となる疾病の発症前1か月に、残業がおおむね100時間、または発症前2~6か月間の平均で月80時間とされます。
ただし、これは絶対的な基準ではなく、労働時間以外の要因(勤務の不規則性、作業環境、精神的負荷など)も総合的に考慮されます。
重要なのは、残業時間だけでなく、労働者の健康状態や労働環境全体に目を向けることです。
過労死の労災認定基準から見る残業時間と疾病の関係
厚生労働省は、過労死を労災として認定するための基準を定めています。これは、脳・心臓疾患と精神障害の2つに大きく分けられ、それぞれに認定要件があります。
残業時間だけでなく、業務内容や精神的負荷なども総合的に評価される点が重要です。
脳・心臓疾患の労災認定要件と残業時間の関係
脳・心臓疾患の労災認定には、以下のいずれかの要件を満たす必要があります。
| 認定要件 | 内容 | |
| 業務による明らかな過重負荷 | 1.長期間の過重業務 | 発症前の長期間にわたって、著しい疲労の蓄積をもたらす特に過重な業務に就労したこと |
| 2.短期間の過重業務 | 発症に近接した時期において、特に過重な業務に就労したこと | |
| 3.異常な出来事 | 発症直前から前日までの間において、発生 状態を時間的及び場所的に明確にし得る異 常な出来事に遭遇したこと | |
出典)厚生労働省「脳・心臓疾患の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅰ」p.2
ただし、認定要件1、2については、上記に該当しない場合でも、労働時間と労働時間以外の負荷要因を総合的に考慮します。業務と発症との関連性が強いと認められる場合は労災と認められます。
最終的な判断として、上記の認定要件1~3のいずれかが認められた場合、「労災」と認定されます。いずれの要件も満たさない場合は、労災にはなりません。
精神障害の労災認定要件
精神障害の労災認定要件は、以下の3つから順に判断されます。
| ① 認定基準の対象となる精神障害を発病していること ② 認定基準の対象となる精神障害の発病前おおむね6か⽉の間に、業務による強い⼼理的負荷が認められること ③ 業務以外の⼼理的負荷や個体側要因により発病したとは認められないこと |
出典)厚生労働省「精神障害の労災認定 過労死等の労災補償 Ⅱ」p.2
労災認定される精神障害のケースでは、まず「業務が原因で精神的な病気になった」ということが大前提です。もし、精神的な病気になっても、それが仕事とは関係ないと判断された場合は、労災とは認められません。
次に、「仕事による精神的な負担がどれくらい大きかったか」が評価されます。この負担が「弱」と判断された場合は、労災にはなりません。
もし、仕事の精神的な負担が「中」か「強」と評価された場合は、さらに次の段階に進みます。
仕事の精神的な負担が「中」か「強」と評価され、かつ、以下のいずれかの場合に労災として認定されます。
- 日常生活に大きな影響を与えるような出来事が仕事以外では特に認められない
- もともとの性格や精神的な弱さといった、その人自身の要因が病気の大きな原因とは言えない
過労死ライン以下ならば問題ない?残業時間と健康リスク
過労死ライン以下の残業時間であっても、従業員の健康管理が万全とは言えません。過労死ラインはあくまで労災認定の目安であり、これを超えなければ安全というわけではないのです。
- 過労死ラインは「目安」
月80時間や100時間の残業は、身体的にも精神的にも大きな負担です。これ以下でも疲労が蓄積し、健康を害するリスクは十分にあります。
- 労働時間以外の要因も重要
残業以外にも勤務の不規則さ、精神的なストレス、ハラスメントなども健康に悪影響を与えます。これらの要因が複合的に重なると、過労死ライン以下でも健康を損なう可能性があります。
- 企業の安全配慮義務
労働契約法では、企業は従業員の安全に配慮する義務があります。残業時間が過労死ライン以下だからといって、この義務が免除されるわけではありません。
- 健康経営の視点
従業員の健康は、企業の生産性向上にもつながります。残業の過労死ラインに捉われず、より積極的に従業員の健康管理に取り組むことが重要です。
大切なのは、残業時間が過労死ラインを「超えない」ことではなく、「従業員が健康でいきいきと働ける環境」を作ることです。
残業による過労死ライン超えを防ぐために企業側が取り組むべきこと
過労死は、従業員とその家族にとって計り知れない悲劇であり、企業にとっても大きな損失です。
未然に防ぐためには、企業全体で意識改革を行い、残業を減らす具体的な対策が必要となります。
企業体質を見直す
残業による過労死ライン超えを防ぐためには、以下のような方法で、長時間労働を是とする企業文化や慣習を根本的に見直す必要があります。
- 意識改革
経営層から従業員一人ひとりまで、「残業時間ではなく成果で評価する」という意識を浸透させることが重要です。
- 業務効率化
残業を減らすためには、無駄な業務を削減し、効率的な働き方を推進するためのツール導入や業務プロセスの改善に取り組む必要があります。
- 人員配置の適正化
業務量に対して人員が不足していることで残業が発生している場合、定期的に見直し、必要に応じて増員を検討します。
- 休暇取得の推奨
有給休暇や特別休暇の取得を奨励し、従業員が心身を休養できる環境整備を行います。取得しやすい雰囲気づくりも大切です。
- 相談しやすい体制
従業員が長時間にわたる残業やストレスについて気軽に相談できる窓口を設置し、安心して働ける環境を整えます。
参考)厚生労働省「過労死等の防止のための対策に関する大綱」
勤務間インターバルを確保する
勤務間インターバルを確保すると、残業による過労死ライン超えの抑止力を高めます。
| 勤務間インターバル制度とは、終業時刻から次の始業時刻の間に、一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を設けることで、従業員の生活時間や睡眠時間を確保しようとするものです。 |
出典)厚生労働省 働き方・休み方改善ポータルサイト「勤務間インターバル制度とは」
以下のようなことに意識して取り組みましょう。
- 適切な時間設定
最低でも労働から次の労働まで11時間程度のインターバルを確保することが望ましいとされていますが、残業が長いと勤務間インターバルの確保が難しくなります。従業員の生活スタイルや業務内容に合わせて適切な時間を設定する必要があるでしょう。
- 例外規定の明確化
やむを得ずインターバルを確保できない場合の例外規定を設け、その際の対応策(代休の付与など)を明確にしておきます。
- 制度の周知
勤務間インターバル制度の目的や内容を従業員に周知し、制度が形骸化しないように運用します。
- 運用状況のモニタリング
制度導入後も、従業員の勤務状況や健康状態を定期的にモニタリングし、必要に応じて改善を図ります。
従業員の残業時間を適切に把握する
残業により過労死ラインを超えることを防ぐための第一歩として、以下のような方法で従業員の労働時間を正確に把握する必要があります。
- 客観的な記録
タイムカード、ICカード、PCのログデータなど、客観的な記録方法で労働時間を管理しましょう。自己申告制の場合は、実態との乖離がないか定期的に確認が必要です。
- 長時間労働の是正
法定労働時間を超える残業や休日労働は、原則として行わせないようにします。やむを得ず行う場合は、36協定を遵守し、上限時間を守ることが重要です。
- 労働時間や残業に関する研修
従業員全体に対して、労働時間や残業に関する正しい知識や意識を啓発するための研修を実施します。
管理職へのフォローも怠らない
残業による過労死ライン超えのリスクは、一般の従業員だけでなく、管理職にも当てはまります。
| また、「管理監督者」であっても、労働基準法により保護される労働者に変わりはなく、労働時間の規定が適用されないからといって、何時間働いても構わないということではなく、健康を害するような長時間労働をさせてはなりません。 |
出典)厚生労働省「労働基準法における管理監督者の範囲の適正化のために」p.1
役職別に管理職へのフォローを具体的に解説します。
経営者向けの過労死対策
- 管理職の負担軽減
自身の業務も抱え込みがちな管理職の残業を軽減するために、経営者として業務分担の見直しや適切な人員配置、サポート体制の構築をおこなう
- 管理職自身の労働時間管理の徹底
経営者として管理職自身の残業時間も適切に管理し、彼らが過労死に至らないよう予防する
- 評価制度の見直し
管理職の評価項目に、部下の残業時間抑制や健康状態への配慮、チームのワークライフバランスへの貢献度といった視点を加える
- 管理職向け研修の実施
部下への適切な残業時間管理、メンタルヘルスケア、ハラスメント防止など、管理職が果たすべき役割を明確にし、スキル習得研修を定期的に実施
管理職向けの過労死対策
- 自身の労働時間管理
管理職自身も積極的に自身の残業時間を適切に管理し、長時間労働にならないよう意識的に行動
- 業務の優先順位付けと権限委譲
抱え込みがちな業務を整理し、部下に適切に権限委譲することで、自身の業務負担と残業を軽減
- メンタルヘルスケアの活用
企業が用意するメンタルヘルスケア研修や相談窓口を積極的に活用し、自身の心身の健康にも配慮して過労死リスクを回避
- ワークライフバランスへの意識
部下のワークライフバランスに配慮したマネジメントを実践できるよう、自身が率先して休暇を取得したり、定時退社を心がけたりするなど、残業抑制の手本を示す
- 部下とのコミュニケーション
部下の労働時間や体調の変化に異変があれば相談に乗るなど、積極的にコミュニケーションを取り、過労死の兆候を早期発見
現場担当者向けの過労死対策
- 管理職への相談
過度な残業や業務負担を感じた場合は、我慢せずに上司である管理職や人事担当者、社内の相談窓口に積極的に相談する
- 自身の健康管理
定期的な健康診断の受診や、ストレスチェックへの協力など、自身の健康状態を把握し、残業による疲労など異変があれば早期に対応する
- ワークライフバランスの意識
有給休暇などを活用し、プライベートの時間も大切にすることで、残業による疲労回復を図る
- 業務改善への提案
業務の効率化や残業削減につながるアイデアがあれば、積極的に管理職に提案する
これらの具体策で残業を減らすことにより、過労死ラインを超えない健康的な職場環境をつくり出すことができるのです。
まとめ
この記事では、過労死ラインの定義や残業が招くリスク、そして中小企業で取り組むべき過労死防止策について解説しました。過労死は決して他人事ではなく、自社の労働環境と真摯に向き合う必要があります。
過労死ラインを正確に理解し、適切な対策を実行することは、従業員の健康を守るだけでなく、生産性の向上や企業イメージの向上にもつながります。結果として重大な経営リスクを回避することになるのです。
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