カスタマーハラスメントから従業員と会社を守る! 対応マニュアル・事例も紹介

近年、お客様からの理不尽な要求や嫌がらせ行為が社会問題として注目を集めています。

このような「カスタマーハラスメント」は、従業員の心身の健康を損なう問題です。企業の健全な経営にも大きな影響を及ぼします。

本記事では、カスタマーハラスメントの具体的な事例や対策、実践的なマニュアルの作り方まで、企業の経営者や管理職の方々に向けて分かりやすく解説します。

カスタマーハラスメント(カスハラ)とは?

近年、企業が直面する深刻な課題として「カスタマーハラスメント(カスハラ)」が注目されています。具体的には、顧客・取引先による暴言や暴力、執拗なクレーム、過度なサービスの要求などです。

厚生労働省によると、カスタマーハラスメントとは以下のとおり定義されています。

顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

特に中小企業にとって、カスタマーハラスメント対策は喫緊の課題となっています。

大企業と比べて人的リソースや対応マニュアルが限られる中、従業員一人一人への負担が大きくなりがちだからです。また、カスタマーハラスメントによって従業員が離職してしまうと、代替人材の確保も容易ではありません。

そのため、企業としては適切な「守り」の体制を整備することが重要です。

カスタマーハラスメントと正当なクレームは何が違う?

カスタマーハラスメントと正当なクレームは、一見似ているように見えますが、その本質は大きく異なります。厚生労働省の資料にも明記されている点です。

カスタマーハラスメントとは、顧客や取引先などからのクレーム全てを指すものではありません。顧客等からのクレームには、商品やサービス等への改善を求める正当なクレームがある一方で、過剰な要求を行ったり、商品やサービスに不当な言いがかりをつける悪質なクレームもあります。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

すべてのクレームをカスタマーハラスメントと決めつけることは危険です。

また、厚生労働省の定義では「顧客からの要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なもの」とされていることに注目です。この部分に対して、厚生労働省は以下の補足をしています。

・「当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして・・・社会通念上不相当なもの」とは、顧客等の要求の内容が妥当かどうか、当該クレーム・言動の手段・態様が「社会通念上不相当」であるかどうかを総合的に勘案して判断すべきという趣旨です。
・顧客等の要求の内容が著しく妥当性を欠く場合には、その実現のための手段・態様がどのようなものであっても、社会通念上不相当とされる可能性が高くなると考えられます。他方、顧客等の要求の内容に妥当性がある場合であっても、その実現のための手段・態様の悪質性が高い場合は、社会通念上不相当とされることがあると考えられます。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」p.7

つまり、正当なクレームとカスタマーハラスメントの違いは以下の点にあります。

項目詳細
要求の合理性要求内容が社会通念上、妥当な範囲内かどうか
コミュニケーションの態度感情的な攻撃や脅迫的な言動がないか
解決への意思建設的な対話を通じて問題解決を目指しているか

これらの基準に照らして、企業は適切な対応方針を決定する必要があります。

正当なクレームに対しては、真摯に耳を傾け、改善に活かすことが重要です。
一方、カスタマーハラスメントと判断される場合は、毅然とした態度で対応し、必要に応じて専門家に相談することも検討しましょう。

顧客・取引先からのカスタマーハラスメントによって中小企業はどうなる?

カスタマーハラスメントは、中小企業に深刻な影響を及ぼす可能性があります。具体的な影響は以下です。

影響詳細
従業員のメンタルヘルスへの影響強い精神的ストレスにより、不眠やうつ症状が発生し、休職や退職に至る可能性がある。
労働環境の悪化と離職の増加職場の士気低下や雰囲気悪化が起き、優秀な人材が離職することで、業務効率が悪化し、サービス品質が低下する。
経営コストの増加カスタマーハラスメント対応により業務効率が低下し、メンタルヘルス対策や代替人員確保に予期せぬコストが発生する。

カスタマーハラスメントが起きると、人材が離れていきます。そのため採用が必要です。

しかしカスタマーハラスメントが続くと、新入社員もすぐに離職してしまいます。このような状況が続けば、企業としての成長が停滞することは避けられません。

さらに企業のイメージが低下することで採用自体にも苦労することになります。そのため、企業として「守り」を固めることが不可欠です。

どうカスタマーハラスメントを防止すればいい?

カスタマーハラスメントの防止は、中小企業の社長やバックオフィス担当者にとって重要な課題です。限られたリソースの中で適切な対策を講じることは、企業の守りを整備し、持続可能な成長を実現するために欠かせません。

具体的な防止策は以下の表の通りです。

項目詳細効果
取引先との契約書に明記契約書に「暴言・暴力行為の禁止」「要求の範囲」などを明文化するトラブル時に毅然とした対応が可能になる。
マニュアルの策定と通達ハラスメント防止ポリシーを策定し、社内外に通達する。従業員の行動指針が明確になり、対応の迷いを防げる。
取引先との関係を定期的にモニタリングする仕組みを構築・クレームの頻度・内容や対応時間を記録する。
・問題のある取引先は早期に特定する。
リスクを可視化し、対応を迅速化できる。
社外の専門家(弁護士やコンサルタント)との連携体制を確保弁護士やコンサルタントと顧問契約を結び、相談できるようにする。専門的な知見に基づいた適切な対応が可能になる。

このような取り組みは、ガバナンス強化に直結し、中小企業が長期的に安定して成長できる基盤となります。

特に中小企業にとって、限られたリソースの中で効果的にカスタマーハラスメントを防ぐには、社外の専門家と協力することが重要です。

弁護士やコンサルタントとの連携により、法的リスクへの対応力を高められます。また従業員や取引先に対して「企業として従業員を守る姿勢」を示せることもメリットです。

中小企業ならではのカスタマーハラスメント対策の課題と対策は?

中小企業にとって、カスタマーハラスメントの防止は重要な課題です。しかし、限られたリソースの中で、大企業と同様の対策を講じることは容易ではありません。

以下が、中小企業特有の課題に当たります。

課題対策
対応コストが重い・中小企業では人材や予算が限られているため、カスタマーハラスメント対応にかかるコストが企業全体に重くのしかかる。
・専門部署の設置や高度な研修が難しい状況にある。
法的知識やリソースの不足・カスタマーハラスメントに関する法律や規制が整備される中、それらを把握し適切に対応することが難しい。
・社内に専門知識を持つ人材がいないため、トラブル対応が困難になる。
顧客との対等な関係を築く難しさ・売上依存度が高い顧客に対し、毅然とした態度を取りにくい。
・問題のある顧客との関係が継続することで、従業員や企業全体に悪影響を及ぼす。

最も大きな課題の一つは、対応コストの問題です。大企業と比較して、中小企業では人材や資金などのリソースが限られています。

専門の対応部署を設置したり、高度な研修プログラムを実施したりすることが難しい状況にあります。このため、既存の人員や予算の中で、いかに効果的な対策を講じるかが重要です。

そのため、以下の対策を講じるようにしましょう。

課題対策
カスタマーハラスメントを軽視しない・基本的な対応マニュアルを整備し、従業員の安全を守る文化を醸成する。
・小規模でも基礎的な研修を実施し、従業員が対応に迷わないようにする。
外部の専門家と連携する・顧問弁護士や社会保険労務士などと連携し、法的リスクの低減を図る。
・業界団体や商工会議所の支援サービスを活用し、最新情報を得る。
信頼できない顧客とは取引しない・過剰な要求や無理な依頼を繰り返す顧客との取引を見直す。
・対等な関係を築ける顧客とだけ付き合うことで、健全な労働環境を維持する。

まず重要なのは「カスタマーハラスメントを軽視しない」という姿勢です。たとえ小規模な企業であっても、従業員を守るための基本的な対策は必要不可欠です。

具体的には、基本的な対応マニュアルの整備や、従業員への基礎的な研修の実施などから始めましょう。

中小企業が成長するためには、新規顧客の獲得や売上の向上を目指す「攻め」の姿勢が不可欠です。しかし、長期的に安定した経営を実現するためには、カスタマーハラスメントリスクを回避し、従業員を守る「継続的な守り」の視点も欠かせません。

企業のガバナンスを強化し、「攻め」と「守り」を両立させることで、持続可能な経営基盤を構築していきましょう。

カスタマーハラスメントが起きた場合は迅速かつ適切な対応を!

カスタマーハラスメントが発生した場合、企業として迅速かつ適切な対応を取ることが極めて重要です。以下、具体的な対応ステップを解説していきます。

  1. 社内連絡と情報共有
  2. 顧客の言動を記録化
  3. 現場で対応可能か判断
  4. 対応方針を策定し顧客に通達
  5. 従業員のケアとフォロー

まず最初に行うべきは社内連絡と情報共有になります。カスタマーハラスメントが発生した場合、担当者一人で抱え込まず、直ちに上司や関係部署に報告することが重要です。

これにより、組織として適切な対応を検討でき、担当者の精神的負担を軽減できます。

報告を受けた管理職は、経営層にも速やかに状況を共有し、組織全体で問題に対処する体制を整えましょう。

次に、顧客の言動を詳細に記録化することが必要です。日時、場所、具体的な言動、目撃者の有無など、できるだけ詳細な情報を記録してください。

この記録は、今後の対応方針の検討や、必要に応じて法的措置を取る際の重要な証拠となります。また、録音や録画が可能な場合は、相手に告知した上で記録を残すことも重要です。

その上で、現場で対応可能かどうかの判断を行います。
「通常の業務範囲内で対応できる問題なのか、それとも法的措置を含めた特別な対応が必要なのか」を判断してください。
問題の深刻度、従業員の安全性、企業としての対応能力などを総合的に考慮しましょう。

この判断結果に基づき、対応方針を策定し顧客に通達します。この際、企業として「不当な要求には応じられない」と毅然とした態度で伝えることが重要です。

最後に、従業員のケアとフォローを行います。カスタマーハラスメントを受けた従業員は、心理的なストレスを抱えている可能性が高いため、適切なサポートが必要です。

必要に応じて、産業医との面談や休暇の取得を促すなど、従業員の心身の健康を最優先に考えた対応を取ってください。

【必見】業界別、顧客・取引先からのカスタマーハラスメントの事例

代表的な業界別のカスタマーハラスメント事例を紹介し、その特徴と対策について解説していきます。

情報通信業の事例

情報通信業では以下の事例がありました。

顧客が(サポートデスクに)「可愛らしいね、ずっと話していたいよ」「癒やされるね」「下の名前も教えて」とセクハラにあたる言葉をかけた。
顧客が(サポートデスクに)「徹夜で明日までにバグを開発チームと直せ」「2000 万払え」といった過剰な要求を行った。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p2

このようなカスタマーハラスメントに対策するため「対応マニュアルの整備」が必要です。発言を受けた際の具体的な手順を設定し、従業員が迷わず対応できるようにします。

また、契約書にハラスメント禁止条項を明記するようにしましょう。問題発生時の根拠となるため重要です。

運輸業、郵便業の事例

運輸業、郵便業界の事例を紹介します。

運転見合わせ時に、お詫び放送を繰り返していたところ、旅客から「いつ発車するのか放送しろ」としつこく詰問を受けた。運転再開見込みがわからない旨を伝えたが、旅客は納得せずスマホで車掌の対応を無断で動画撮影した。
駅員がホームを巡回していたところ、点字ブロックの内側で撮影している旅客を発見した。危険であったため、下がるように注意喚起したが、そのまま続けたため再度注意喚起を行ったところ、「うるさい」「邪魔、どけ」と言いながら肘のあたりで突き飛ばされた。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p3

このような問題に対しても同様にマニュアルの整備は必要です。また、一人の従業員に対応が集中しないよう、チームで分担する仕組みを導入することも効果的といえます。

また事例のように暴力行為があった際には、弁護士や警察との相談体制を整え、法的措置を迅速に講じることも効果的です。

卸売業、小売業の事例

続いて、卸売業、小売業界の事例を紹介します。

顧客がプリペイドカードを購入後、返金を申し出たが、従業員が店舗で返金できない商品である旨を説明したところ、「店長を出せ」「店長権限で返金しろ」など同じ内容で長時間(2 時間 30 分)詰問した。
顧客が20 年前に購入した商品が動かなくなったと無償での修理を要求してきた。2日間、当該企業及び商品の輸入元へ執拗に架電し、長時間に渡り、「購入時にきちんとメンテナンスの説明を聞いていない」等と主張を続け、無償での修理を要求した。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p5

このような事例に対応するため、返品・返金に関するポリシーの明確化は効果的です。商品やサービスに対する返品・返金の条件を事前に明文化し、顧客に分かりやすく提示しましょう。

また、同様に「製品保証やサポート範囲の明確化」も重要な要素となります。顧客にも文書を共有し、リスクを回避しましょう。

宿泊業、飲食サービス業の事例

宿泊業、飲食サービス業界の事例を紹介します。

顧客が宿泊のたびに客室の清掃不備を指摘し、客室のグレードアップや顧客の前で清掃することを要求した。
自動精算機での事前精算を案内されたことに不満を持った顧客が、従業員に対して大声で「おれは東京の不動産会社の社長だぞ」「お前なんかクビにしてやる」と発言。また、間に入った他の顧客に対しても暴言を吐いた。対応に加わった上役の従業員に対しても「名刺を出せ」と言い、差し出すとその場で破いた上で、「正座しろ」と要求した。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p7

こうしたカスタマーハラスメントに対応するため、企業として「執拗な要求への対応ルール設定」が重要です。無理な要求が繰り返される場合、一定の基準を超えた際には対応を終了し、上層部や外部専門家にエスカレーションする仕組みを導入しましょう。

また、脅迫や暴力的な行動に対しては警察や弁護士に相談する体制を整え、従業員を保護する仕組みを導入することをお勧めします。

生活関連サービス業、娯楽業の事例

生活関連サービス業、娯楽業界の事例です。

顧客の安全を配慮し、サービス(靴の加工)を丁重に断ったところ、フロア全体に響き渡る程の大声で怒鳴り散らす、暴言を吐く、靴を投げる、椅子を叩くなど2時間にわたり威圧的行動を取った。また、それ以降も不定期にその顧客が売場を訪れ怒鳴り散らすことが続いており、従業員が怯えている。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p8

こうした暴力行為が起きた際には、必要に応じて警察に通報しましょう。またその後の暴力行為を制止するための法的措置を講じる必要があります。

医療、福祉の事例

続いて、医療、福祉の事例を紹介します。

利用者が看護師をたたく、つねる、唾をはく、看護師にものを投げる、看護に必要な物品を破損する等した。
看護師が利用者やその家族から、訪問時間外に居宅外で会うことを強要される、事務所で待ち伏せされる、ウェブカメラ・スマートホンで無許可に撮影される、自宅の場所をしつこく聞かれる等の行為を受けた。

出典)厚生労働省「カスタマーハラスメント事例集」p9

医療・福祉では顧客へのケアが必要です。そのため、暴力行為が起きる可能性が高いといえます。

そのためまずは「従業員の安全確保」が重要です。暴力的な行為に対しては、即座に記録し、必要に応じて他のスタッフや上司に報告する体制を整えましょう。

また、暴力行為が繰り返される場合は利用禁止などの措置を取ることが重要です。

カスタマーハラスメントに対するマニュアル策定の事例

続いて、実際にカスタマーハラスメントに対応した事例を紹介します。

中小企業の社長やバックオフィス担当者の皆様にとって、カスタマーハラスメント対策のイメージがつきやすくなると思いますので、ぜひ参考にしてみてください。

A病院では、患者やその家族からの迷惑行為やクレームに対し、以下の取り組みを実施しました。

項目詳細
トップの意識と方針の明確化理事会でカスハラ対策の必要性が議論され、院内での対応マニュアルを策定し、公式ウェブサイトで対応方針を公開しました。
相談窓口の設置と情報収集患者相談室を設立し、現場スタッフからのヒアリングや巡回を通じて、カスハラに関する情報を収集しました。
事実確認と対応の徹底患者や家族からの相談内容だけでなく、現場スタッフからも状況を確認し、双方の意見を踏まえて対応しました。
院外への情報発信対応方針をウェブサイトで公開し、他の医療機関とも情報交換を行いました。
研修・教育の実施クレーム対応や接遇に関する研修を実施し、スタッフの対応力を向上させました。

出典:あかるい職場応援団「トップの意識の高さからマニュアル策定やHPへの対応方針を公開

中小企業においても、この事例から学べることは多くあります。

たとえば、経営層が率先してカスタマーハラスメント対策に取り組み、明確な対応方針を策定することは、規模の大小を問わず実践可能です。
また、現場従業員との密なコミュニケーションや、カスタマーハラスメント対応に関する教育を行うことで、従業員の安心感を高められます。

さらに、対応方針を文書化し、顧客や取引先にも周知することで、トラブルの予防につながります。自社で実施可能な部分を見つけ出し、ぜひ取り入れてみてください。

まとめ

カスタマーハラスメントによるリスクは、従業員のメンタルヘルスを損なうだけではありません。「離職率の上昇」「生産性の低下」など、企業経営にも大きな影響を及ぼす問題です。

特に中小企業では、一人の従業員の離職が事業に与える影響が大きいといえます。そのため、カスタマーハラスメント対策は経営上の重要課題です。

従業員が安心して働ける環境を整備することは、企業の持続的な成長のための投資といえます。ぜひ本記事で紹介した事例を参考に、自社に適したカスタマーハラスメント対策の検討を始めてください。

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