統合報告書はどう作る?作成ポイント、有価証券報告書との違い、優れた事例などを解説

統合報告書は、財務情報だけでなく、ビジネスモデルや戦略、ガバナンス、人的資本、サステナビリティといった“非財務”の要素もあわせて伝える総合レポートです。企業が中長期的に価値を生み続けられるかどうかを、多面的に評価できるのが特長になります。
言い換えれば、従来の「通信簿」が成績(財務情報)のみを示していたのに対し、統合報告書は企業の人物像(非財務情報)まで描かれた“立体的なプロフィール”です。投資家や金融機関だけでなく、取引先や採用候補者にとっても、企業の現在地と将来像を理解するうえで重要な資料となります。
一見すると上場企業向けと思われがちです。しかし実は中小企業こそ、統合報告書を「与信」「資金調達」「採用」などの場面で自社の信頼性を示す武器として活用できます。
この記事では、統合報告書の基本的な役割から、実際の記載項目までをわかりやすく解説しますので、中小企業経営者や管理部門の方は、ぜひ参考にしてみてください。
目次
統合報告書とは?中小企業にも関係ある新しい「企業の通信簿」
統合報告書とは、財務情報と非財務情報を一体的にまとめて示す「企業の通信簿」のような存在です。
従来の財務諸表や有価証券報告書が数値的な業績を中心に報告するのに対し、統合報告書は企業の長期的な価値創造をどのように実現していくかを投資家やステークホルダーに伝えることを目的としています。
財務の裏付けだけでなく、持続可能性や人的資本、社会課題への取り組みなど、これまで補足的に扱われていた要素も中心的に扱われるのが特徴です。そのため上場企業だけでなく、中小企業にとっても経営の透明性を高め、外部への信頼を得るツールとなり得ます。
統合報告書と有価証券報告書・アニュアルレポートの違い
統合報告書と混同しやすいドキュメントが「有価証券報告書」や「アニュアルレポート」です。しかし3つはそれぞれ違う目的や特徴があります。
以下に3つの書類を整理しました。
区分 | 有価証券報告書 | アニュアルレポート | 統合報告書 |
主な目的 | 投資家に必要な法定情報を正確に伝達 | 企業活動を広報し親しみやすく伝達 | 財務・非財務を統合し長期的な価値創造を説明 |
法的義務 | 金融商品取引法に基づき提出義務あり | 任意で発行 | 任意だが国際的に推奨される |
内容の特徴 | 財務データ、リスク情報、事業内容など網羅 | 事業概要、CSR活動、経営者メッセージなど | ESG、人的資本、ビジネスモデル、戦略や実績 |
主な読み手 | 投資家、金融庁、証券取引所 | 株主、一般ステークホルダー | 投資家、金融機関、社員、取引先など幅広い層 |
このように整理してみると、統合報告書は従来の開示資料を「補完」するものではなく、「進化」した位置づけにあると理解できます。
統合報告書は単なる数字の羅列ではありません。企業が将来に向けてどう価値を生み出していくのかを描く役割を担う点に独自性があるのです。
なぜ今、統合報告書が注目されているのか?
統合報告書がここ数年で急速に注目されている背景には、企業を取り巻く外部環境の変化と、社会から求められる役割の拡大があります。特に、ESG投資の拡大やサステナビリティ経営の重視、人的資本開示への期待といった流れが大きな要因です。
以下の表に、その代表的な理由を整理しました。
背景・要因 | 内容 |
ESG投資の拡大 | 世界的に投資家が財務指標だけでなく環境・社会・ガバナンスを重視する傾向が強まり、非財務情報を統合的に示す必要性が高まっている |
サステナビリティ経営 | 気候変動対応や社会課題解決を事業戦略に組み込むことが求められ、統合報告書がその説明責任の手段となっている |
人的資本開示の義務化 | 日本でも人的資本や多様性に関する情報開示が制度的に強化され、統合報告書が適切な開示の場となっている |
ステークホルダー対応の高度化 | 投資家だけでなく社員や顧客、地域社会など幅広い利害関係者に、企業の価値創造の全体像を示すことが必要になっている |
このように、統合報告書は単なる流行ではありません。グローバルな投資基準や社会的な要請に応えるための「必然」として注目されているといえます。
従来の財務中心の報告では説明しきれない企業の姿を、統合的に伝える手段として期待が高まっているのです。
統合報告書の主な記載項目と構成とは?
統合報告書は単なる事業報告書ではなく、企業の価値創造のプロセスを「財務情報」と「非財務情報」を組み合わせて表現することに特徴があります。ここでは、一般的に求められる主要な記載項目について整理しました。
組織概要と外部環境
まず基本となるのは、自社の組織構造や事業概要です。企業規模、事業内容、海外拠点の有無などに加えて、取り巻く外部環境を分析し示すことが求められます。
例えば業界の競争状況、規制の動向、社会課題の影響などを客観的に記載することで、読者が企業の立ち位置を理解しやすくなります。
ガバナンス
次に重要なのが、企業の意思決定をどのように行っているかという「ガバナンス」の説明です。取締役会や監査役の体制、内部統制システムの整備状況、コンプライアンスやリスク管理の仕組みなどが含まれます。
ここでは単なる組織図の提示にとどまらず、経営陣がどのように持続可能性を重視した経営を行っているかを具体的に示すことが望まれます。
参考記事:ITガバナンスとは?定義・強化方法・8つの構成要素をわかりやすく解説
ビジネスモデル
統合報告書の中心となるのが、自社のビジネスモデルです。事業の仕組みや収益の源泉を明確に示し、ステークホルダーにどのように価値を提供しているのかを整理します。
例えば、食品製造会社の場合、原材料から製品・サービス提供に至るプロセスを可視化し、社会的価値との結び付きを示すことが信頼獲得につながるのです。
リスクと機会
企業活動には常にリスクと機会が存在します。
統合報告書では、想定される主要なリスク(自然災害やサイバー攻撃など)と、それに対する対応方針を明記しましょう。同時に、新規市場開拓や技術革新による成長機会も併せて説明することが必要です。
これにより、単なる守りの姿勢ではなく、積極的に未来へ備えていることを示せます。
戦略と資源配分
企業の戦略が明確に示されることも欠かせません。長期的なビジョン、重点領域、具体的な投資方針を説明し、資金や人材などの経営資源をどのように配分しているかを示すことが必要です。
ここでは短期的な利益追求ではなく、持続的な成長を見据えた方針が重視されます。
実績
読者の信頼を得るためには、過去の実績を具体的な数値で示すことが大切です。売上や利益といった財務指標だけでなく、CO₂削減量や人材育成施策の成果といった非財務実績を開示することで、より統合的な理解を促します。
見通し
将来の成長戦略や市場の変化に対する展望も、統合報告書に盛り込みましょう。予測値だけでなく、想定されるリスクシナリオや不確実性にどう対応するかを明示することで、投資家や取引先からの信頼を高めることが可能です。
作成と表示の基礎
最後に、統合報告書の作成手法や表示の原則を明記しましょう。中小企業の場合でも、独自基準に頼るより、既存のフレームワークを適切に活用することが推奨です。
具体的には、国際統合報告フレームワーク(IIRC)やGRIスタンダードなどの国際基準を参考にしたことを記載することで、透明性と客観性を担保できます。
参考)経済産業省「IIRC 国際統合報告フレームワーク案の概要」
中小企業が統合報告書を出す3つのメリット
統合報告書は上場企業や大企業だけのものと考えられがちです。しかし中小企業にとっても大きな意義を持ちます。
代表的なメリットを3つ紹介しましょう。
投資家や金融機関の信頼獲得につながる
統合報告書を公開することで、投資家や金融機関に対して経営の透明性を示すことが可能です。単に数字を並べるのではなく、経営戦略や非財務情報を併せて発信することで「この会社は持続的に成長できるか」という視点での評価が高まります。
特に中小企業では融資や資金調達の場面で「信頼できる経営姿勢」を示すことが大きな強みです。
参考記事:コンプライアンスとは?中小企業がリスクから守るために知っておくべきこと
社員のエンゲージメント・採用力が向上
統合報告書には、自社のビジョンや価値観、社会的役割を盛り込むことが可能です。これにより、社員が自分の仕事が社会にどのように貢献しているのかを実感しやすくなり、モチベーションの向上につながります。
さらに、採用活動においても統合報告書は有効です。求職者に対して「単なる給与や待遇」だけでなく「会社の理念や将来像」を伝えられるため、優秀な人材の確保に寄与します。
経営戦略の再整理ができる
統合報告書を作成する過程そのものが、自社の経営戦略を再整理するきっかけです。ビジネスモデルの棚卸し、リスクと機会の洗い出し、資源配分の見直しなどを体系的に行うことで、経営の方向性がより明確になります。
外部向けの報告であると同時に、経営陣にとって「自社を客観的に見直す鏡」として機能する点も大きなメリットです。
統合報告書を初めて作るときの5ステップ
統合報告書は、一度に完璧なものを作ろうとする必要はありません。むしろ「小さく始めて改善を重ねる」ことが成功のポイントです。
ここでは、中小企業が初めて統合報告書を作成する際に押さえておきたい5つのステップを紹介します。
1. 目的を明確にする(誰に読ませたいか?)
最初に決めるべきは「誰に伝えるのか」という対象読者です。投資家や金融機関に信頼を示したいのか、社員や求職者に自社の魅力を伝えたいのかで、書くべき内容や強調すべき点が変わります。
目的を明確にすることで、作成の方向性がぶれることを防ぐことが可能です。
2. 自社の強みや社会的価値を棚卸し
統合報告書は「数字」だけでなく「ストーリー」が大切です。自社が持つ独自の強み、社会に提供している価値、地域や業界に対する貢献などを洗い出しましょう。
この段階で経営理念やビジョンと結びつけると、統合報告書全体に一貫性を持たせられます。
3. 経営陣・現場の巻き込み方
統合報告書は経営企画部や広報部だけで作るものではありません。経営陣の視点だけでなく、現場の声を取り入れることで「実態の伴った内容」になります。
部署横断的なプロジェクトとして進める体制を整えると、社員の意識改革にもつながる点もメリットです。
4. 他社事例を参考にする
すでに発行している大企業や同業種の統合報告書を参考にするのは効果的だといえます。
レイアウト、項目の表現方法、ストーリーの組み立て方などを学び、自社の報告書作成に活かしましょう。ただし、丸写しではなく「自社に合った要素を抽出する」姿勢が重要です。
参考記事:【10選】企業の社会貢献活動を事例でまとめ!ブランド力を高めて強い会社を作る
5. 必要なら外部専門家の支援を受ける
初めての作成では、全てを社内だけで完結させようとすると負担が大きくなります。
そのためコンサルタントや制作会社、会計士・弁護士などの専門家のサポートを受けることがおすすめです。外部の目を入れることは、客観性の確保にも役立ちます。
2025年の最新事例から学ぶ|注目企業の統合報告書3選
最後に、トヨタ、デンソー、カゴメという国内有数の企業が発行した統合報告書を取り上げ、構成や表現上の特徴を解説します。
これらレポートには「読みやすく伝える工夫」や「自社らしさの表現方法」など、中小企業でも今すぐ参考にできるヒントが数多く詰まっているのが特徴です。実際の導入に向けて、表現や構成の参考にしたい方は、ぜひチェックしてみてください。
トヨタの統合報告書|サステナビリティとモビリティ戦略の融合
トヨタの統合報告書は、環境課題とモビリティ戦略を一体で語る構成を採用しています。
ビジネスモデル、人的資本、サプライチェーンの取り組みを図解で整理し、長期ビジョンと年度実績を行き来できる設計で読解負担を下げているのが特徴です。
中小企業でも取り入れられる工夫を表にまとめました。
工夫のポイント | 中小企業での実践例 |
図表で複雑さを削減 | 売上推移、主要顧客比率、離職率を簡単なグラフに集約する |
社会課題と戦略の接続 | 地域課題や業界課題に対する自社の役割を一段落で明示する |
非財務情報の併記 | 研修時間、事故件数、CO₂排出原単位などの指標を毎年同じフォーマットで掲載する |
長期目標と年度KPIの橋渡し | 3年目標と今年のKPIを同一ページで対比させる |
読みやすいページ設計 | 1テーマ1ページを原則にして要約欄と詳細欄を分ける |
中小企業だとしても、数値の整備と最小限のレイアウト調整で実装でき、読み手の理解度と信頼感を高められます。
デンソーの統合報告書|人的資本と技術革新をどう伝えたか
デンソーは人的資本を核に、技術開発や働きがいの施策をデータと事例で具体化している点が特徴です。
育成体系やスキルポートフォリオを図で示し、投資と成果の関係を可視化することで、単なる制度紹介に終わらせない語り方を実現しています。
中小企業でも再現可能な着眼点を表にまとめました。
工夫のポイント | 中小企業での実践例 |
人材投資の可視化 | 研修受講率、資格取得者数、OJT実施率を年次比較で掲載する |
事例で補強 | 現場改善や新サービス開発の小さな成功事例を短文で挿入する |
働きがい指標の明示 | エンゲージメントスコアや定着率をKPIとして継続開示する |
数値とミニ事例を並列で書くことで、人材投資が業績や顧客価値に結び付く因果が伝わり、採用や金融機関への説明力が向上します。積極的に取り入れましょう。
カゴメの統合報告書|“食”を通じた社会貢献のストーリーデザイン
カゴメは「食の課題」を起点に、事業戦略を社会的価値へと接続するストーリーを構築しています。ブランドの存在意義を先に置き、サプライチェーン、品質保証、健康価値創出の各施策を一つの線で結ぶことで、読後に企業像が鮮明に残る設計を採用している点が特徴です。
中小企業が真似しやすい要素を表にまとめました。
工夫のポイント | 中小企業での実践例 |
価値提供の物語化 | 「顧客の課題→自社の解決策→得られる価値」の三段構成で1ケースを提示する |
ブランドの社会的意義の提示 | 自社製品・サービスが地域や生活にもたらす具体的効用を短文で説明する |
具体表現の積極活用 | 写真や実物の画面イメージを用いて抽象表現を避ける |
カゴメのように、事業の存在意義を核に置くと、規模に関わらず統合報告書全体の軸が通り、読み手の記憶に残る報告が実現します。
まとめ
統合報告書は、財務情報と非財務情報を一体的に示し、企業の戦略や社会的価値を包括的に伝える報告書です。
大企業だけでなく、中小企業にとっても、投資家や金融機関からの信頼を高め、社員のモチベーションや採用力を向上させ、経営戦略を整理できます。
記事全体を通じて解説したように、統合報告書は単なる開示義務ではなく、企業の未来像をわかりやすく示す「通信簿」として機能するものです。
中小規模でも自社の強みや社会的価値を明確に示せば、読み手に信頼を与えることができます。
統合報告書は中小企業の守りを強化し持続的に成長するために、有効なツールです。今回紹介した内容を踏まえて、高品質なドキュメントを作成してみましょう。
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