企業も知るべき退職金控除を図解!5年ルールや勤続年数による控除額の計算シミュレーション
退職金は、長年の功労に報いる意味合いから、税制上非常に優遇されています。
その中心となるのが、勤続年数に応じて非課税枠が大きくなる退職所得控除の仕組みです。
しかし、控除額の計算は勤続年数20年を境に変わり、さらに勤続年数5年以下の場合には「5年ルール」という特例が適用されるなど、その制度は複雑化しています。
そこでこの記事では、「企業の人事・労務担当者」と「退職する従業員」の双方が知るべき退職金控除の仕組みについて、勤続年数別の計算シミュレーションや、注意すべきルールを図解しながら詳しく解説します。
目次
退職金控除(退職所得控除)とは
退職金控除(正式には「退職所得控除」)は、退職金を受け取る際に、税金の負担を大幅に軽減できる制度です。
退職金は、長年の会社への功労に報いる意味合いや、退職後の生活保障といった側面が強いため、税制上非常に優遇されています。
具体的には、給与所得や事業所得といった他の所得とは合算せず、退職金単体で税額を計算する「分離課税」が採用されます。
税の計算の際に、まず退職金の総額から一定額を差し引くことができますが、この差し引かれる金額が「退職所得控除額」です。
控除額は、その人の勤続年数が長ければ長いほど大きくなるよう設計されており、勤続年数が20年を超えると、控除額の増加幅がさらに大きくなる仕組みとなっています。
退職金にかかる税金の種類
退職金に対して課税される税金は、主に「所得税」「復興特別所得税」「住民税」の3種類です。
これらの税金は、退職金の総額から退職所得控除額を差し引いた金額を、さらに2分の1にした金額(課税退職所得金額)に対して課税されます。
通常、退職金を受け取る従業員が、事前に「退職所得の受給に関する申告書」を企業へ提出していれば、企業側が税額を正確に計算し、源泉徴収して納税まで行います。
従業員は、この手続きによって課税関係が完了するため、原則として退職金について自身で確定申告を行う必要はありません。
参考)国税庁「退職金と税」
参考記事:退職金の税金はいくらからかかる?計算方法や税金のシミュレーション
退職金控除額の計算方法【勤続年数別シミュレーション付き】
退職所得控除額は、自己都合か会社都合かといった退職の理由に関わらず、勤続年数のみによって計算されます。
ここでは、勤続年数別の退職金控除額を紹介しつつ、具体的に受け取れる退職金についてシミュレーションしていきます。
参考記事:退職金とは?税金の計算方法や年金の種類、相場まで徹底網羅
勤続年数別の退職金控除額
退職金控除額(退職所得控除額)は、勤続年数が20年以下か、20年を超えるかによって計算式が異なります。

出典)国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
勤続20年までは控除額が1年あたり40万円ずつ増えますが、20年を超えると1年あたり70万円ずつ増えるようになり、優遇幅が大きくなります。
なお、 計算の基礎となる勤続年数は、1年未満の端数がある場合、すべて「1年」として切り上げて計算します。
勤続年数が10年2か月の人の場合の退職所得控除額
勤続年数が10年2か月の場合、勤続年数の計算ルールに基づき、端数を切り上げて「11年」として計算します。
勤続年数は20年以下のため、計算式は「40万円 × 勤続年数」が適用されます。
■計算式: 40万円 × 11年 = 440万円
つまり勤続年数が10年2か月の場合、退職所得控除額は440万円となります。
参考)国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
勤続年数が30年の人の場合の退職所得控除額
勤続年数が30年の場合、勤続年数は20年を超えています。
そのため、計算式は「800万円 + 70万円 × (勤続年数 - 20年)」が適用されます。
■計算式: 800万円 + 70万円 × (30年 - 20年) = 1,500万円
このケースでの退職所得控除額は、1,500万円となります。
参考)国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき(退職所得)」
退職金控除の「5年ルール」とは?2回目受け取り時の注意点を解説
退職金やiDeCo(確定拠出年金)の一時金など、「退職所得」に分類されるものを複数回受け取る場合、税制上の優遇措置である「退職所得控除」を二重取りできないよう、控除額を調整する仕組みが設けられています。
この調整ルールは非常に複雑で、受け取る順番や時期によって適用される年数が異なります。
そのうちの一つが、通称「5年ルール」です。
退職金における5年ルールとは何か
「5年ルール」とは、iDeCoや企業型DC(企業型確定拠出年金)の一時金を先に受け取り、その後に会社の退職金を受け取る場合に適用される調整ルールです。
具体的には、iDeCoの一時金を先に受け取った後、5年以内に退職手当等を受け取った場合に、控除額の調整が行われます。
逆に言えば、iDeCoの一時金を受け取ってから5年以上経過していれば、後から受け取る会社の退職金の控除額は利用できることになります。
2回目以降に退職金を受け取る際の注意点
異なる勤務先から2回以上にわたって退職金を受け取る場合や、iDeCoなど他の退職一時金を受け取る際には、退職所得控除額の計算で調整が必要になる場合があります。
たとえば、iDeCoを一時金で受け取った場合、その年から遡って19年以内(iDeCo以外の一時金の場合は4年以内)に他の退職一時金を受け取っていると、控除額の計算で調整が発生します。
企業の人事担当者は、従業員が過去に他の退職金を受け取っていないか、「退職所得の受給に関する申告書」で確認するようにしましょう。
2026年以降の退職金には10年ルールが適用される
2024年12月に公表された「令和7年度(2025年度)税制改正大綱」において、退職一時金を複数回受け取る場合の課税ルールである「5年ルール」が、「10年ルール」へ変わることが決定しました。
この新しいルールは、2026年1月1日以後に受け取る退職手当等から適用されます。
適用されるのは、主に「iDeCoの一時金を先に受け取る ⇒ その後会社の退職金を受け取る」というケースです。
改正前は、iDeCoを受け取ってから5年(正確には前年以前4年内)が経過していれば、「iDecoの一時金」と「後から受け取る会社の退職金」のそれぞれに退職所得控除が適用されました。
しかし改正後は、iDeCoを受け取ってから10年(正確には前年以前9年内)が経過していないと、後から受け取る会社の退職金の控除額が減額されるようになったのです。
なお、会社の退職金を先に受け取る場合は、まったく別のルールである「19年ルール」が適用されるので注意しましょう。
企業側も従業員側も把握しておくべき!退職金控除に関するよくある質問
退職金控除の実務では、判断に迷うケースがいくつか存在します。
ここでは、企業担当者や退職する従業員が抱きがちな疑問について解説します。
退職金より退職所得控除額が多いとどうなる?
退職所得控除額が、受け取る退職金の額を上回った場合、課税対象となる退職所得金額は「ゼロ」となります。
たとえば、退職金が500万円、退職所得控除額が600万円だった場合、課税退職所得金額は0円です。
したがって、所得税、復興特別所得税、住民税は一切かかりません。
なお、控除しきれなかった枠(上記の例では100万円)を、その年の給与所得や不動産所得など、他の所得から差し引くことはできません。
退職所得控除は、あくまで退職所得の範囲内でのみ適用される控除となります。
「退職所得の受給に関する申告書」を提出しなくても退職所得控除を受けられる?
従業員が企業へ「退職所得の受給に関する申告書」を提出しなかった場合、退職金控除は適用されません。
企業は、支払う退職金の総額に対して、一律20.42%(所得税+復興特別所得税)の税率を乗じた金額を源泉徴収する義務を負います。
控除が適用されない場合、上記の税率で天引きされてしまうため、「退職所得の受給に関する申告書」は必ず提出するようにしましょう。
iDeCoなどの確定拠出年金を一時金で受け取る場合の退職金控除は?
iDeCoや企業型DCを、老齢給付金として一時金で受け取る場合も、税法上「退職所得」として扱われ、退職所得控除の対象となります。
この場合の「勤続年数」は、iDeCoや企業型DCの「掛金を拠出した期間」として計算されます。
1年未満の端数は切り上げて1年として計算するルールは、通常の退職金と同様です。
まとめ
退職所得控除は、長年の勤続に報いるため、税制上非常に優遇された制度です。
控除額は勤続年数によって決まり、勤続年数が長いほど控除額が大きくなる仕組みとなっています。
特に勤続20年を超えると優遇幅が拡大します。
この優遇制度を従業員が享受できるように、企業の人事・労務担当者は、従業員から「退職所得の受給に関する申告書」を確実に提出してもらうようにすべきです。
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