介護におけるリスクマネジメントを徹底解説!実際の事例や事故防止の取り組み

介護現場では、利用者の尊厳と安全を守るために、日々細心の注意を払ってケアが行われています。
しかし、人の手で行うサービスである以上、予期せぬ事故やヒヤリとする場面を完全になくすことは困難です。
そこで極めて重要になるのが、「リスクマネジメント」の考え方です。
そこでこの記事では、介護現場におけるリスクマネジメントの重要性から、具体的な事故事例、そして事業所全体で取り組むべき事故防止のステップまでを徹底的に解説していきますので、ぜひ参考にしてください。
目次
介護現場におけるリスクマネジメントの目的と重要性
介護現場におけるリスクマネジメントについて、厚生労働省は以下のように説明しています。
介護保険施設における事故発生の防止と発生時の適切な対応(リスクマネジメント)を推進する観点から、事故報告様式を作成・周知する。施設系サービスにおいて、安全対策担当者を定めることを義務づける(※)。事故発生の防止等のための措置が講じられていない場合に基本報酬を減算する(※)。組織的な安全対策体制の整備を新たに評価する。(※6月の経過措置期間を設ける) |
出典)厚生労働省「令和3年度介護報酬改定の主な事項について」p.51
上記のような施策を行うことで、施設の利用者が安全で質の高い生活を送れる環境を継続的に提供するのが、介護現場におけるリスクマネジメントの目的です。
利用者の安全と尊厳を守るために、起こりうる事故を予測し、その発生確率と影響を最小限に抑えることは非常に重要です。
介護でのリスクマネジメントはなぜ必要か
介護現場でリスクマネジメントが不可欠とされる背景には、介護サービスの特性が深く関わっています。
高齢者は、加齢に伴う身体機能の低下や認知機能の変化により、若い世代に比べて転倒や誤嚥などのリスクが本質的に高い状態です。
特に、複数の疾患を抱えている方や、認知症の症状がある方へのケアは、予測が難しい多様なリスクを伴います。
また、介護は24時間365日、人の手によって提供される対人サービスです。
どれだけ注意深く業務を行っていても、職員の些細な見落としや判断ミスといったヒューマンエラーを完全になくすことはできません。
このような状況下で、「事故が起きてから対応する」という事後対応型の考え方では、同じような事故が繰り返し発生するのを防ぐことは困難でしょう。
そこで必要となるのが、リスクマネジメントという「予防的」なアプローチです。
事故が起こる可能性のある要因を事前に洗い出し、そのリスクの大きさを評価し、優先順位をつけて対策を講じる。
この一連のプロセスを組織的に実践することで、個々の職員の注意力だけに頼るのではなく、施設全体の仕組みとして安全性を高めることが可能になります。
これは、介護サービスの質を保証し、専門職としての責任を果たす上で欠かせない取り組みなのです。
介護現場でよくあるヒヤリハットの事例
「ヒヤリハット」とは、結果的に事故には至らなかったものの、「ヒヤリ」としたり「ハッ」としたりした危険な状況のことです。
これらの事例は、重大な事故の背後に隠れた貴重な情報源となります。
ここでは、介護現場で頻繁に報告されるヒヤリハットの事例を具体的に見ていきましょう。
浴室での転倒事故
浴室は、介護現場の中でも特に転倒事故が起こりやすい場所の一つです。
- 床が濡れていて滑りやすい
- 湯気で視界が悪い
- 洗い場と浴槽の間に段差がある
浴室には、こうした危険な要因が数多く存在します。
たとえば、「利用者が浴槽から出ようとした際、手すりを掴み損ねてバランスを崩し、転倒しそうになった」「シャワーチェアから立ち上がろうとした利用者の足元に石鹸が落ちており、職員がそれに気づかず滑りそうになった」といった事例が挙げられます。
ヒヤリハットで済まず、本当に転倒してしまうと、骨折などの大事故に直結してしまうでしょう。
車椅子やベッドからの転落事故
車椅子やベッドからの転落も、非常に多い事故事例です。
ヒヤリハットとしては、以下のような例が考えられます。
- 利用者を車椅子からベッドへ移乗させる際、車椅子のブレーキをかけ忘れており、利用者が立ち上がった瞬間に車椅子が動いて転倒しそうになった
- ベッドのサイドレールが下がっていることに気づかず、利用者が寝返りを打った際にベッドから落ちそうになった
これらの多くは、基本的な安全確認の徹底で防げる可能性が高い事例です。
薬の飲み間違いや飲み忘れといった事故
服薬管理は、利用者の健康を直接左右する重要な業務であり、一歩間違えれば命に関わる事故に繋がります。
「名前の似ている別の利用者の薬を配薬しそうになり、直前で気づいた」「食事介助に時間がかかり、食後の薬を渡し忘れるところだった」といったヒヤリハットが報告されています。
複数の利用者の多種多様な薬を管理する現場では、思い込みや確認不足が重大なミスを引き起こす原因となるので注意が必要です。
誤嚥・誤飲事故
誤嚥(ごえん)は、食べ物や飲み物が誤って気管に入ってしまうことで、窒息や誤嚥性肺炎の原因となる非常に危険な事故です。
「嚥下(えんげ)機能が低下している利用者に、細かく刻んでいない大きさの食事を提供しそうになり、同僚が気づいて止めた」「認知症の利用者の手の届く場所に、洗剤などの危険物を置き忘れ、口に入れようとしているのを発見した」といった事例があります。
利用者の食事形態や身体状況を正確に把握し、環境を整えることが事故防止の鍵となります。
ヒヤリハットや事故が起こってしまった場合にすべきこと
どれだけ対策を講じても、ヒヤリハットや事故の発生を完全に防ぐことは難しいのが現実です。
万が一の事態が発生した際に、迅速かつ適切に対応できるかどうかで、その後の影響は大きく変わります。
ここでは、ヒヤリハットや事故が発生した後の対応手順を5つのステップに分けて解説します。
応急処置をする
何よりもまず最優先すべきは、利用者の安全と身体状態の確認です。
意識の有無、呼吸や脈拍、出血やケガの状況などを冷静に確認し、必要な応急処置を行ってください。
もし、職員だけでの判断が難しい場合や、状態が深刻であると考えられる場合は、ためらわずに救急車を要請しましょう。
初期対応の速さが、利用者の予後を大きく左右することもあります。
すぐに家族へ連絡する
応急処置と並行して、速やかに利用者の家族へ連絡を入れることが重要です。
伝えるべき内容は、いつ、どこで、何が起こったのか、そして現在の利用者の状態と、こちらがどのような対応を取ったか、という事実です。
誠意をもって、客観的な事実を正確に伝える姿勢が、その後の信頼関係を維持するために欠かせません。
憶測で物事を話したり、責任逃れのような印象を与える言動は絶対に避けるべきです。
事故に該当する場合は関係各所に連絡する
発生した事態が「事故」に該当する場合は、事業所が所在する市町村への報告義務があります。
報告すべき事故の範囲や報告書の様式は、各自治体によって定められています。
あらかじめ、自社の管轄自治体のルールを確認し、報告が必要なケースと手順をマニュアル化しておくと、いざという時に慌てず対応できるでしょう。
発生したヒヤリハットや事故を記録しておく
発生した事象は、どんなに些細なヒヤリハットであっても、必ず記録として残すことが重要です。
記録は、個人の責任を追及するために書くのではありません。
再発防止策を検討するための、客観的で貴重なデータとなります。
「5W1H(いつ、どこで、誰が、何を、なぜ、どのように)」を意識し、事実をありのままに、客観的に記述することを心がけてください。
発生した原因を調査する
記録された報告書をもとに、なぜそのヒヤリハットや事故が起こったのか、その根本的な原因を調査・分析します。
原因を「本人の不注意」といった個人の問題で終わらせるのではなく、「マニュアルが分かりにくかった」「人員配置に無理があった」「施設の設備に問題があった」など、組織やシステムの課題として捉える視点が必要です。
この原因究明が、効果的な再発防止策の立案に繋がります。
介護事業を営む企業必見!事故防止に効果的なリスクマネジメント強化法
介護事業所として、組織的にリスクマネジメントを強化し、事故を未然に防ぐためには、体系的なアプローチが必要です。
ここでは、効果的なリスクマネジメントを導入・強化するための具体的な4つのステップをご紹介します。
【STEP.1】リスクとなる事例を把握する
リスクマネジメントの第一歩は、自分たちの職場にどのような危険が潜んでいるのか、その事例をできるだけ多く把握することから始まります。
ここで重要となるのが、「ハインリッヒの法則」という考え方です。
これは、「1件の重大な事故の背景には、29件の軽微な事故と、300件のヒヤリハットが隠れている」という労働災害における経験則を指します。
介護現場に当てはめれば、1件の転倒骨折事故の裏には、危うく転びそうになった、滑りそうになったといった無数のヒヤリハットが存在するということです。
重大な事故を防ぐためには、この「300」のヒヤリハットにこそ目を向けなければなりません。
そのため、このステップでは、自社の施設で過去に起きた事故やヒヤリハット報告書を収集するだけでなく、実際の事故事例も参考にします。
さらに、職員同士で「こんな事故が起こりそうだ」と予測し合うことも、潜在的なリスクを発見する上で非常に有効な手段となります。
参考)厚生労働省「職場のあんぜんサイト:ハインリッヒの法則」
【STEP.2】事故事例を分析・評価する
次に、集めた事例一つひとつについて、なぜそれが起こったのかを分析し、そのリスクの大きさを評価します。
リスクの大きさは、「事故が発生する可能性(頻度)」と「発生した場合の被害の大きさ(深刻度)」の2つの軸で評価するのが一般的です。
たとえば、「頻繁に起こるが、被害は軽い」「めったに起こらないが、起これば命に関わる」など、リスクをマッピングすることで、どのリスクから優先的に対策を講じるべきかが明確になります。
【STEP.3】リスクや事故事例に対しての具体的な対策を検討する
リスクの評価に基づき、優先度の高いものから具体的な対策を検討します。
対策を考える際には、以下のような多角的な視点を持つことが重要です。
物理的な環境改善 | 手すりの設置、段差の解消、滑りにくい床材への変更など。 |
介護技術・方法の見直し | より安全な移乗介助方法の導入、食事形態の見直しなど。 |
マニュアル・ルールの整備 | 服薬確認の手順をダブルチェックにするなど。 |
職員への教育・研修 | リスク予測トレーニング、介助技術研修の実施など。 |
一つの対策だけでなく、複数の対策を組み合わせることで、より効果的にリスクを低減できます。
【STEP.4】対策について従業員に徹底周知する
どれだけ優れた対策を立案・実施しても、それが現場の職員に伝わり、実践されなければ意味がありません。
新しく決まったルールや改善策については、必ず研修会やミーティングの場を設け、その目的や背景、具体的な手順を全職員に徹底的に周知してください。
マニュアルを改訂して配布するだけでなく、なぜこの対策が必要なのかを全員が理解し、納得することが、対策を形骸化させないために不可欠です。
そして、実施後もその対策が守られているか、効果は出ているかを定期的に確認し、必要であれば見直しを行うことが重要です。
まとめ
介護現場におけるリスクマネジメントは、単なる事故防止対策にとどまらず、利用者の尊厳ある生活と、職員が安心して働ける環境を守り、そして事業所の信頼を維持するための根幹をなす活動です。
事故が起きてから対応するのではなく、ヒヤリハットという「事故の芽」の段階で情報を収集して原因を分析し、具体的な対策を講じて共有することで、介護サービスの質が向上します。
リスクマネジメントは、決して「難しい専門家だけの仕事」ではありません。
本記事で紹介した事例や手順を参考に、まずは自社の事業所の身近なリスクを見つめ直すところから始めてみてください。
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