ESOP(イソップ)とは?持株会との違い・メリットなどをわかりやすく解説
従業員の資産形成や経営への参加意識を高める施策として、「ESOP(イソップ)」と呼ばれる制度が注目を集めています。
ESOPは、従業員が自社の株式を所有するための仕組みであり、特にアメリカで広く普及してきました。
日本においても、従来の従業員持株会とは異なる新しいインセンティブ制度として、あるいは事業承継や買収防衛策の一環として導入を検討する企業が増えています。
この記事では、ESOPの基本的な仕組みから、混同されがちな従業員持株会との明確な違い、導入するメリット・デメリットまで、わかりやすく解説していきます。
目次
ESOP(イソップ)についてわかりやすく解説
ESOPは、企業が従業員に対して自社株式を付与するための一つの仕組みです。
まずは、ESOPの基本的な定義、誕生した背景、そして制度がどのように機能するのかを解説します。
ESOPとは
ESOPとは、「Employee Stock Ownership Plan」の略称で、日本語では「従業員による株式所有計画」と訳されます。
ESOPの最大の特徴は、「信託(Trust)」という仕組みを活用する点にあります。
企業は、信託銀行などの受託者に対して資金を拠出し、信託はその資金(あるいは信託が銀行から借り入れた資金)を使って、企業の自社株を市場やオーナーから取得します。
信託が保有する株式は、企業の従業員のために管理され、従業員は勤続年数や業績への貢献度など、あらかじめ定められたルールに基づいてポイントを付与されます。
そして、従業員が退職する際などに、「保有ポイントに応じた自社株」または「株式を売却した後の金銭」を受け取れるのが、ESOPという制度です。
ESOPが誕生した背景
ESOPは、1950年代のアメリカにおいて、ある企業のオーナーが従業員に事業を承継させる目的で考案されたのが始まりとされています。
その後、1970年代にアメリカで「従業員退職所得保障法」などの法制度化が進みました。
アメリカでESOPが普及した背景には、従業員の老後の資産形成としての役割があります。
企業が拠出する資金が税制上優遇されたこともあり、確定拠出年金などと並ぶ、代表的な従業員向け福利厚生プランの一つとして発展しました。
また、ESOPは従業員による企業買収の手段としても活用されてきました。
従業員が自社の株式を所有することで、経営への参画意識を高め、生産性を向上させる狙いも含まれています。
ESOPの仕組み
ESOPの仕組みは複雑に見えるかもしれませんが、基本的な流れは以下の通りです。
| 1.信託の設定と資金拠出 | 企業が、従業員を受益者とする「信託(ESOP信託)」を信託銀行などと契約して設定します。企業は信託に対して、株式取得に必要な資金を拠出します。 |
| 2.自社株の取得 | 信託は、拠出された資金や借入金を用いて、企業の自社株を株式市場や既存株主から買い付けます。 |
| 3.従業員へのポイント付与 | 信託が株式を保有している間、企業は従業員の勤続年数や役職、業績貢献度などに応じたポイントを毎年付与していきます。 |
| 4.株式(または金銭)の給付 | 従業員が退職する際や、一定の条件を満たした際に、信託は従業員が保有するポイントに応じた数の自社株を給付します。 |
この仕組みにより、従業員は自己資金を拠出することなく、自社の株式を将来的に受け取ることが可能となります。
ESOPと従業員持株会の違いを比較表でわかりやすく解説
ESOPと非常によく似た制度として、日本企業に広く普及している「従業員持株会」があります。
どちらも従業員が自社株を所有する点では共通していますが、その仕組みと目的は大きく異なります。
「ESOP」と「従業員持株会」の主な違いは以下の通りです。
| ESOP | 従業員持株会 | |
| 主な目的 | 福利厚生、インセンティブ、事業承継、買収防衛 | 資産形成の奨励、財産形成 |
| 資金拠出 | 会社が信託に拠出(従業員の負担なし) | 従業員が給与天引きで拠出(会社は奨励金を上乗せ) |
| 株式取得 | 信託が将来分も含め、事前に一括取得することが多い | 従業員が拠出金に応じて毎月積立購入 |
| 株式給付 | 原則として退職時(または一定期間後) | 在職中でも単元株に達すれば売却可能 |
| 議決権 | 信託銀行などの信託管理者が行使 | 持株会の理事長が行使 |
| 株価下落リスク | 会社が信託への補填リスクを負う(借入型の場合) | 従業員が直接リスクを負う |
最大の違いは、資金の拠出元です。
持株会は、従業員が自らの給与から資金を出して株式を購入していく積立投資の側面が強いのに対し、ESOPは会社側の資金拠出によって従業員に株式や金銭が給付されます。
日本版ESOPとは?J-ESOP・E-Shipの2つの仕組みを解説
アメリカで普及したESOPは、主に退職給付制度としての側面が強く、税制上の優遇措置も整備されています。
しかし、日本においては税制や会社法制の違いから、米国型ESOPをそのまま導入することは困難です。
そのため、日本で「ESOP」と呼ばれる制度は、米国型を参考にしつつ、日本の法制度に合わせて設計された独自のスキームを指すことが一般的です。
代表的なものとして、「株式給付信託」と「従業員持株会活用型信託」の2種類があります。
株式給付信託(J-ESOP)は、従業員の業績や勤続年数に連動する株式報酬制度です。
従業員は、会社の業績や個人の評価に応じて付与されるポイントに基づき、将来的に株式や金銭を受け取ります。
退職金というよりも、中長期的なインセンティブとしての色合いが濃い仕組みです。
従業員持株会活用型信託(E-Ship)は、既存の従業員持株会と信託を組み合わせたスキームです。
信託が先に自社株を取得し、その株式を従業員持株会に対して定期的に売却していきます。
持株会に参加する従業員は、市場価格よりも割安で株式を購入できるメリットを享受でき、企業側にとっては、持株会を通じた安定株主の形成を促進する効果があります。
このように、日本版ESOPは、導入する企業の目的に応じて、複数のバリエーションが存在しているのが実情です。
ESOPのメリット
ESOPの導入は、企業側にも従業員側にも様々なメリットをもたらします。
ここでは、ESOPを導入する主な利点について解説します。
持株会と違って中小企業でも導入しやすい
従業員持株会を設立・運営するには、証券会社への委託費用や、会員の管理、拠出金の計算といった事務的な負担が継続的に発生します。
従業員数が少ない中小企業の場合、持株会を維持するコストが割高になってしまうかもしれません。
一方、ESOPは、「制度設計の自由度が高い」というメリットがあります。
たとえば、対象者を役員や幹部候補、特定の技術者などに限定して導入することも可能です。
全従業員を対象とする持株会に比べ、企業の戦略に合わせて柔軟にインセンティブ制度を設計しやすいため、中小企業でも導入を検討しやすいでしょう。
従業員のモチベーション向上に繋がる
ESOPは、従業員の業績向上への意欲を高める効果が期待できます。
ESOPの仕組みでは、将来受け取れる株式や金銭の価値は、自社の株価と連動します。
したがって、従業員は、自社の業績が向上して株価が上昇すれば、自身が将来受け取る利益も増大することになります。
そのため、従業員は「単なる従業員」としてだけでなく、「将来の株主」としての意識を持つようになり、日々の業務に対するモチベーションや会社への帰属意識の向上が期待できます。
企業買収の防衛策となる
ESOPは、企業の買収防衛策としても機能します。
ESOPの仕組みでは、信託が企業の自社株を市場などから事前にまとめて取得し、信託期間が終了するまで保有し続けることが一般的です。
信託機関は、基本的に企業の経営方針に賛同する「安定株主」として行動することが期待されます。
市場で売買される株式が減少し、安定株主の持株比率が高まることで、敵対的な買収者が株式を買い集めにくくなるため、経営の安定化が見込まれるでしょう。
ESOPのデメリット
ESOPにはメリットもありますが、導入にあたって考慮すべきデメリットやリスクも存在します。
特に、株価の変動に関連するリスクには注意が必要です。
自社の株価が下落した場合は損失補填をしなければならない
ESOPの仕組みにおいて、信託が銀行からの借入金で自社株を取得した場合、企業は信託の借入金返済に対して債務保証を行うことが一般的です。
信託は、従業員への給付が完了した信託期間終了時に、残った株式を売却するなどして借入金を返済します。
しかし、信託期間終了時の株価が、株式取得時よりも大幅に下落していた場合、保有株式の売却代金だけでは借入金を完済できない可能性があります。
この場合、債務保証をしている企業が、信託銀行に対して不足分を支払う義務を負うことになります。
株価が低迷すれば、企業の財務状況に予期せぬ負担がかかるリスクがある点は最大のデメリットです。
従業員のモチベーションが下がる可能性もある
ESOPは、株価上昇時には従業員のモチベーション向上に寄与しますが、逆に株価が下落し続けた場合にはモチベーション低下の要因となってしまいます。
自社の業績が悪化し、株価が低迷すれば、将来受け取れる株式の価値は目減りしていきます。
ESOPは、持株会と違って従業員が自己資金を拠出していないとはいえ、期待していた利益が得られないことに対する失望感は大きいでしょう。
また、ESOPによる株式の給付は、原則として「退職時」などの将来に行われるため、短期的な報酬としての魅力は感じにくい点も、デメリットの一つです。
まとめ
以上、ESOPの仕組みやメリット・デメリット、持株会との違いなどについてわかりやすく解説しました。
ESOPは、信託の仕組みを利用して、会社が従業員に自社株を給付する制度です。
従業員が自己資金を拠出する従業員持株会とは異なり、福利厚生やインセンティブとしての性格が強い点が特徴となります。
日本で導入されるESOPには複数の種類がありますので、導入を検討する際は、メリット・デメリットを正確に把握し、自社の目的に合った制度設計を進めるようにしてください。
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