そのバックオフィス整備、会社の成長を止めていませんか?
元 大和証券専務取締役 後藤氏が語る、成長を支える体制整備の順番と中身

「会社のバックオフィスの体制整備が大事」
そう言われる機会は増えていますが、その順番や内容まで、深く考えたことはあるでしょうか。
内部統制、ガバナンス、開示体制……企業に求められる基準は年々高度化しています。
しかし、体制整備とは、あくまで事業の成長を守り、持続させるための潤滑油のようなもの。事業の規模がまだ小さいうちに体制構築に注力しても、それが成長に直結するとは限りません。
「まずは売上を伸ばすのが肝心です。体制整備は、その伸びを守るためのものです。」
そう語るのは、大和証券でIPO・M&A支援を含む投資銀行業務を手掛け、200名程度の子会社経営も経験した後藤氏。
今回は、後藤氏に企業の未来の可能性を拡げる体制整備の考え方と実務的なポイントを伺いました。
後藤氏プロフィール
大和証券入社後、国際部門での投資銀行業務を中心に、日本企業の海外での資金調達支援やマーケット開拓に従事。以後、M&A、IPO支援、企業再編など幅広い案件を手がける。その後、証券運用会社である大和住銀投信投資顧問の代表取締役社長を務める。
上場を目指す企業だけでなく、非上場中小企業においても、体制整備の重要性を”攻め”の視点から語る。
体制整備とは「会社の中身を見える化すること」

そもそも、内部体制の整備とは何を指しているのでしょうか――改めて、考えてみます。
企業にとっての内部体制とは、日々の経営活動を支える裏方の仕組みを指します。
たとえば、毎月の売上や経費を正しく記録し、資金の出入りを把握するための経理業務。契約書や取引先情報をきちんと管理する法務業務。情報共有や意思決定を支えるルールづくりや、人材の採用・評価を支える人事業務なども含まれると考えられます。
これらが整っていることで、日々の仕事がスムーズになるだけでなく、「自分たちの会社は何に強く、何にリスクがあるのか」といった点も、数字や記録をもとに冷静に把握しやすくなります。そのような情報は、経営者だけでなく、銀行、投資家、採用候補者など社外の人たちにも伝わっていくものです。
つまり、内部体制を整えるとは、会社の中身をわかりやすく見えるようにすることです。中身に自信が持てれば、会社の成長や将来の選択肢は、ぐっと広がっていきます。
「まず整える」は間違い?整備の本当の役割

従業員数や売上規模、事業の歴史や方針によって、企業の置かれている状況は大きく異なります。だからこそ、体制整備を一律に「すべき」と論じるのは、危うさを孕んでいます。
しかしながら、最低限、自社の事業の成績表である正確な決算書をつくるべきだと後藤氏は語ります。
「小さい会社のうちは、節税をして納税を避けようとする努力をしがちです。しかし、事業を伸ばすには、しっかり業績を把握し、将来必要な資金をどう調達するかを考える必要がある。だから、ちゃんとした決算書を作ることが基本です」 |
その上で、企業の成長段階における2つの重要な節目――「事業の拡大」と「外部資金の導入」――でこそ、本格的な体制整備が求められると指摘します。
「たとえば、社員数が増え、創業メンバー以外の人材が加わるようになると、これまでの信頼ベースでの運営が通用しなくなってきます。社内で情報や権限をどう分けるのか、誰が何を決めるのかといったルールが求められ、整備の必要性が一気に高まります。 また、自己資金だけで運営していた事業が銀行融資や出資を受ける段階に入ると、外部への説明責任が生じます。事業内容を数字や文書でわかりやすく示せなければ、資金調達のハードルが一気に上がってしまいます。こうした局面では、整った体制こそが信用の土台となるのです。」 |
また、体制整備には、経営者の暴走の抑止という意味もあります。
「最初は『管理は任せた』と言っていた社長が、徐々に『言うことが聞けないのか?』状態になる例は珍しくありません。 そうした暴走を防ぐためには、外部の専門家や金融機関など、客観的な目を持った第三者との関係を、早めに築いておくことが有効です。 やはり性善説だけで経営はできません。ある程度の規模になれば、性悪説も前提に考えておかないといけないと思います。」 |
事業の成長を支える仕組みとして体制整備の意義を理解し、適切なタイミングで整えていくことが、現実的で意味のある第一歩になるのです。
財務と法務──整備の基本はこの2つから

では、体制整備に取り組む際、最初にどこから着手すべきなのでしょうか。
後藤氏は迷わず「財務と法務」と答えます。
財務とは、事業の姿を数字で可視化する手段です。売上や費用、利益の構造を正しく記録・把握できていれば、経営判断の精度も上がります。
「最初はとにかく、自分の会社の現状をちゃんと理解するために決算書を作って、税金をきちんと納めること。それが基本中の基本です。 正しい決算書を継続して作ることで、自社の現状や傾向は見えてきます。その中で、営業利益率や販管費率などを競合企業と比較しながら、参考となる指標を設定するのも良いです。」 |
と後藤氏は助言します。
加えて、資金繰りの管理も見逃せません。
「銀行から『資金繰り表ありますか?』と聞かれたときに、きちんと出せるかどうか。それが会社の信頼にもつながります。」 |
法務に関して、契約書の管理や弁護士との連携は、小規模な企業にとっても欠かせない視点だと指摘します。
「契約とは、トラブルになったときに自社を守る最後の拠りどころになります。トラブルになってから対応するのではなく、契約の段階でこういうトラブルは起こり得るか?と検討してその線を引いておくべきです。 特に自社が規制産業に属する場合や、顧客等との取引リスクが高い業態では、初期段階から法務の目を入れておくことが望ましいです。 信頼できる弁護士を探しておいて、いつでも相談できるようにしておけると尚良いですね。」 |
と後藤氏は強調しています。
整備というと高度な仕組みを想像しがちですが、後藤氏の提案は現実的でシンプルです。
会社の実態を正しく把握し、外部との約束ごとをきちんと整える。まずはこの2点を意識することが、無理のないスタートになります。
“ちょうどよい整備”が、成長を支える

体制整備の重要性が語られる一方で、後藤氏は整備し過ぎによって企業の成長エネルギーが失われることに懸念を示します。
「勢いのある会社は、やはり銀行や投資家、採用候補者にも好まれます。成長エネルギーがあるかどうかというのは大事な要素です。それにブレーキをかけてまで強固に管理していくのは、私はおすすめしません。」 |
整備とは、事業の成長を邪魔しないための適度な支えであるべきだというのが、後藤氏の基本的なスタンスです。
「整備そのものを目的にしてはいけないと思います。ビジネスの本質を追求する過程で、必要な整備が後からついてきます。」 |
加えて、企業規模によって求められる整備のレベルも異なります。
「たとえば、営業などのフロント部門が5人の会社に管理部門が30人いたらおかしいのは明らかですよね。最近はクラウドシステムなどもあるし、会社の規模に応じてバランスを取っていくことが必要です」 |
体制整備は、会社や社員を縛るルールではなく、成長を支える仕組み。会社の現実とバランスを取りながら、無理のない設計で進めていくことが、結果として持続可能な成長を支えるのです。
整えることで、会社はもっと売れる・選ばれる

社外との関係が増えるにつれて、企業には言葉と数字で説明できる力が求められるようになります。
後藤氏は、体制整備の効果として、資金調達やM&Aなどの意思決定がスムーズに進むことを挙げます。
「要するに『自分の会社はこういう会社です』という説明ができなければいけない。繰り返しになりますが、決算書はそれを作ることが目的ではなく、それを使ってビジネスを正しく説明するために必要なのです。」 |
資金調達やM&Aにあたって、事業モデルや市場の可能性、資金の使途といった説明に説得力を持たせるには、数字の裏付けが不可欠です。
「たとえば、『市場のシェアを5%から10%に伸ばすためには設備投資が必要で、その資金を融資して欲しい』と金融機関に打診するとします。これに対して金融機関は『なぜそう言えるのか?』と質問してくるため、そこにデータで応えられるかどうかが、信頼を左右します。 また、M&Aの現場でも、この会社はどれくらい信頼できるかという点も見られます。そのため、決算書や契約書も含めて、体制が整備されていれば信頼できるという判断となり、M&Aをスムーズに進めることに繋がります。」 |
売上をつくるのは事業の力ですが、それを外部に正しく伝えるには、信頼できる裏付けが必要です。整備とは、会社の魅力と信頼性を、正しく相手に伝えるための手段でもあるのです。
「整っているということ自体が、実は武器になります。会社がどんな価値を持っているのか、どれだけ伸びしろがあるのか。それを他人に説明できる状態になっているかどうか。ここが大事だと思います。」 |
まじめに、欲を持って

体制整備の話になると、「とにかくしっかりやらなくては」「全部完璧に揃えなければ」といった強迫観念にとらわれてしまう人も少なくありません。しかし、後藤氏は逆の視点を提示します。
「体制整備は、真面目で誠実な商売をちゃんと続けていくためのものです。 管理を強めるあまり、元気の良さがなくなるのでは本末転倒です。 整備とは、あくまで成長を下支えするものであり、上から押しつけるものではない。 『会社として良いことをしているか?』という問いを持ちながら、誠実に商売をすることが何より大事だと思います。」 |
さらに、真面目な姿勢と並んで後藤氏が強調するのが、欲を持つことです。
「欲というとマイナスに聞こえるかもしれませんが、この事業をもっと伸ばしたいという純粋な成長への意欲は、会社にとって絶対に必要です。」 |
誠実に商売を続けること。社会的な責任を果たすこと。そのうえで、会社を大きくしたいという想いを持つこと。これらは相反するものではなく、両立すべき経営者の姿勢だと、後藤氏は語ります。
体制整備とは、まさにその両立を可能にする土台。「社会に対して誠実にふるまいながら、もっと成長したい」という企業にこそ、本質的な整備が求められているのです。
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