職場のハラスメントにどう対応すべき?ブランド毀損のリスクから企業を守る

職場のハラスメントは、一部の特別な職場だけに発生する問題ではありません。大企業から中小企業まで、規模に関わらず発生し、従業員の尊厳を傷つけ、心身の健康を害する由々しき問題です。
職場のハラスメントは、従業員個人への影響に留まらず、企業にとっては生産性の低下、離職率の上昇リスクに直結します。ハラスメントへの適切な対応は、もはや企業の持続可能性に関わる経営課題です。
この記事では、職場のハラスメントの定義や潜むリスクを明らかにし、従業員を守るための具体的な対策について詳しく解説していきます。
目次
職場のハラスメント対策が中小企業にとって重要な理由
残念ながら職場のハラスメントは、企業の規模に関わらず、どの職場でも起こり得る問題です。
とくに中小企業においては、人間関係が固定化しやすく、ハラスメントが発生した場合に適切な対応が遅れてしまうリスクが潜んでいます。
ひとたび職場でハラスメントが発生すれば、従業員のモチベーション低下や離職につながり、企業全体の士気や生産性に深刻な影響を及ぼすだけでなく、企業の信頼失墜や法的な責任追及に発展する可能性も否定できません。
このような背景から、職場のハラスメント対策は、もはや中小企業にとっても避けては通れない、経営の根幹に関わる重要な対策なのです。
職場のハラスメント対策は中小企業の義務!
職場のハラスメント対策は、企業の努力義務ではなく、法的に定められた義務となりました。
2020年6月1日に施行された改正労働施策総合推進法(通称:パワハラ防止法)により、中小企業を含むすべての企業に対し、職場におけるパワーハラスメント防止のために雇用管理上の措置を講じることが義務付けられたのです。
具体的には、事業主は以下の対策を講じる必要があります。
- 職場におけるハラスメントをおこなってはならないという方針を明確にし、従業員に周知・啓発する
- 職場におけるハラスメント相談に応じ、適切に対応するための体制を整備する
- ハラスメントに係る相談があった場合、事案に関係する従業員のプライバシーを保護しつつ、迅速かつ正確に事実確認をおこない、適正な対応をおこなう
- 職場におけるハラスメントの原因や背景を解消するための措置を講じる
これらの義務を怠った場合、直接的な罰則はありませんが、厚生労働大臣からの助言、指導、勧告の対象となり得ます。もし勧告に従わない場合は、企業名が公表される可能性もあり、企業の信用に大きく関わる問題となります。
参考)厚生労働省「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等 の一部を改正する法律(令和元年6月5日公布)の概要」
職場のハラスメントの調査結果を知る
厚生労働省の資料「令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書 (概要版)」に基づくと、過去3年間に職場で発生したハラスメントの具体的な状況は以下のようになっています。

出典)厚生労働省「令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書 (概要版)」p.7
企業へのハラスメントに関する相談があった割合は、高い順にパワーハラスメント(パワハラ)が64.2% 、セクシュアルハラスメント(セクハラ)が39.5% 、顧客等からの著しい迷惑行為が27.9% となっています。
過去3年間の相談件数の推移を見ると、セクハラ以外では「件数は変わらない」が最も多く、セクハラのみ「減少している」が最も高い割合でした。ただし、顧客等からの著しい迷惑行為については、「件数が増加している」の割合が「件数は減少している」よりも高い結果となっています。

出典)厚生労働省「令和5年度 厚生労働省委託事業 職場のハラスメントに関する実態調査報告書 (概要版)」p.9
該当する事案があった企業の割合についても、顧客等からの著しい迷惑行為(86.8%) 、セクハラ(80.9%) 、パワハラ(73.0%) で、「該当する事例はない」と回答した企業より多い結果となりました 。
この調査結果から、とくにパワハラとセクハラは多くの企業で相談があり、顧客等からの著しい迷惑行為は増加傾向にある点が注目されます。
職場で起こりやすいハラスメントの種類と定義
一口に「ハラスメント」と言っても、職場で起こりうるその種類は多岐にわたります。職場のハラスメント対策を効果的に進めるためには、種類や定義を正しく理解することが不可欠です。
ここでは、職場でよく問題となる代表的なハラスメントについて、厚生労働省が示す定義などを基に解説します。
参考)厚生労働省「ハラスメントの定義」
パワーハラスメント
職場の「パワーハラスメント」とは、以下3要素すべてを満たす行為であり、適正な業務指示や指導は含まれません。
①優越的な関係を背景とした言動
②業務上必要かつ相当な範囲を超えている
③労働者の就業環境を害する
「職場」には出張先なども含まれ、「労働者」は正規・非正規問わずすべてが対象です。「優越的な関係」には、上司だけでなく同僚や部下による集団行為も含まれ得ます。
セクシュアルハラスメント
職場の「セクシュアルハラスメント」は、職場でおこなわれる労働者の意に反する性的な言動により、労働条件の不利益または就業環境が害されることを指します。
「職場」は宴会なども含み、「労働者」は正規・非正規すべてが対象です。「性的な言動」には、性的な冗談やからかい、身体への不必要な接触などがあります。「行為者」は上司、同僚だけでなく、取引先や顧客なども含まれ、同性への言動も該当します。
マタニティハラスメント・パタニティハラスメント
妊娠・出産・育児休業等ハラスメントは、職場で上司や同僚が、妊娠・出産したり、育児・介護休業等を利用したりした労働者に対し、それらを理由とする言動で就業環境を害するものです。
これはマタニティハラスメント(マタハラ)、パタニティハラスメント(パタハラ)、ケアハラスメントとも呼ばれます。制度利用を理由とした解雇や減給等の不利益取扱いは、ハラスメントではなく、法律で禁止されています。
カスタマーハラスメント
カスタマーハラスメントは明確な定義が困難な場合もありますが、企業現場では顧客等の要求が妥当性を欠く、または要求実現の手段・態様が社会通念上不相当な言動を指します。
企業の過失がない場合の不当な要求や、暴行、暴言、土下座の要求、執拗な言動、性的な言動などがこれに該当し、職場の従業員への影響が大きい問題です。
職場のハラスメントが中小企業に与えるリスクとは?
職場のハラスメントは企業規模に関わらず発生し得ます。そして、ひとたび職場でハラスメントが起きれば、中小企業にとって無視できないさまざまなリスクが生じるのです。
ここでは、中小企業が職場のハラスメントによって直面しうる具体的な影響とリスクについて解説します。
被害者の心身の健康、エンゲージメントへの影響
職場のハラスメントは、被害者となる従業員の心と身体に深刻な影響を及ぼします。
精神的なストレス、不安、うつ病などの精神疾患や、体調不良、不眠などを引き起こす可能性があるのです。これにより、仕事へのモチベーションや組織へのエンゲージメントが著しく低下し、本来持っている能力を発揮できなくなります。
中小企業においては、従業員一人ひとりのパフォーマンスが組織全体の力に直結するため、この影響はとくに深刻です。
生産性の低下、離職率の上昇といった職場への影響
ハラスメントは被害者だけでなく、目撃した従業員や職場全体の士気にも悪影響を与えます。
職場の雰囲気が悪化し、従業員間の信頼関係が損なわれ、円滑なコミュニケーションが阻害されます。結果として、業務効率が低下し、生産性が落ち込むことになるのです。
ハラスメントから逃れるために優秀な従業員が離職を選択するケースが増加し、中小企業にとっては人材確保・育成のコスト増大という大きな痛手となります。
企業の信用の失墜、損害賠償リスク
職場のハラスメントが外部に露呈した場合、企業の信用は地に落ちます。
顧客や取引先からの評価低下はもちろん、新たな人材採用が困難になるなど、事業継続に直結する問題となります。その上、被害者となる従業員から企業に対して、安全配慮義務違反などを理由に損害賠償請求がおこなわれるかもしれないのです。
実際に、適切なハラスメントの対応を怠った企業が多額の賠償金の支払いを命じられた事例も存在し、中小企業でも法的なリスクは避けられません。
職場ハラスメントを防ぐために中小企業ができること
とくにリソースが限られる中小企業にとっては、発生後の対応はもちろん、未然に防ぐための対策が極めて重要となります。中小企業でも実行可能な職場ハラスメントの効果的な防止策を5つご紹介します。
- トップの明確なメッセージと方針の周知
- 相談しやすい窓口の設置と周知
- 就業規則への明記と教育
- 従業員への研修実施
- コミュニケーション促進による職場環境改善
これらの5つの対策は、いずれも中小企業でも比較的取り組みやすいものです。それぞれの対策を着実に実行し、継続的に取り組むことが、ハラスメントのない安全・安心な職場を実現するために不可欠です。
職場ハラスメントが起きた中小企業の適切な対応
万が一、職場ハラスメントが発生してしまった場合、その後の対応の仕方によって、問題の早期解決が大きく左右されます。ここでは、中小企業が職場ハラスメント発生時に取るべき、労働施策総合推進法も踏まえた適切な対応手順を解説します。
1. 相談の受付と初期対応
- 相談者の話を丁寧に傾聴し、共感的な姿勢を示す
- 決して相談内容を軽視せず、プライバシー保護を徹底する
- 相談者本人の意向を確認しながら、今後の対応について説明する
2. 事実関係の迅速かつ正確な確認
- 速やかに事実関係の確認をおこなう
- 相談者、行為者とされる者、目撃者などから丁寧にヒアリングを実施する
- プライバシーに配慮しつつ、先入観を持たずに中立的な立場で話を聞く
- メール、SNSのやり取り、録音、写真など客観的証拠があれば収集する
3. 事実確認後の措置の実施
- 被害者に対して謝罪や精神的なケアなどの配慮をおこなう
- 必要に応じて、配置転換や就業場所の変更など、被害者の就業環境を回復させるための措置を検討・実施する
- 加害者に対しては、事実に基づいた厳正な注意・指導をおこない、必要に応じて就業規則に基づいた懲戒処分を検討・実施する
4. 再発防止策の実施
- 今回の事案の原因や背景を分析
- 社内ルールや対応マニュアルの見直し
- 研修内容の改善
- 全従業員に対してハラスメント防止の方針や相談窓口について周知徹底を図る
- 定期的な研修の実施や職場環境改善に向けた取り組みを継続する
5. プライバシー保護と秘密保持の徹底
- 相談者や関係者の情報は、対応に必要な範囲にとどめ、関係者以外に漏洩しないよう厳重に管理
- 対応に関わるすべての担当者に対して、秘密保持義務を十分に理解させ、誓約書を取り交わす
中小企業においても、これらの適切な対応をおこなうことで、従業員からの信頼を得て、ハラスメントによる影響を最小限に抑えることが可能です。そして、このような誠実な対応こそが、ハラスメントのない健全な職場環境を構築するために不可欠なのです。
まとめ
この記事では、職場のハラスメントが中小企業を含むすべての企業にとって、いかに深刻なリスクをもたらすかを解説しました。ハラスメント対策は単なる義務ではなく、企業と従業員双方を守るために不可欠です。
予防策はもちろん、万が一発生してしまった場合の迅速かつ適切な対応手順も重要です。
企業が真摯にハラスメントに向き合い、職場環境の改善に継続的に取り組むことこそが、従業員が安心して能力を発揮できる、強く健全な企業を築く対策となります。
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